恋のライバル

 季節が夏に切り替わってからというものの、学園はすっかり、学祭へ向けての準備でせわしない。


 そんな中、唯一ゆっくりできる時間というのが昼休み――中庭で過ごすこの時間だ。何より、まもるといっしょに過ごせる唯一無二の時間でもあるの。


 ――だけれど、最近はそれすらも難しくなっていて……。


「守、今日もお昼いっしょに無理だって……出し物の練習とかっていって……」


 教室にて、優子ゆうこと二人きりでお弁当を食べながら、アタシはそう切り出した。


 ごはんを食べていても、まったく力が湧いてこない。


「あー。確か、転校生のクラスは演劇やるんだっけ?」

「そうそう……しかも守ったら、シンデレラの王子様役なんだって!」


 それを聞いた優子は「マジ? 似合わない〜!」と笑っていたけれど、そのうち何かを思ったのか、打って変わって真剣な表情でアタシを見た。


「……そういえばまどか、いつの間に転校生のこと呼び捨てで呼んでない?」

「うん」

「いや、『うん』じゃないわよ! 何それ!? もしかして付き合って――」

「優子! 声おっきくなってる!」


 アタシは優子を宥め、コホンとひとつ咳払いしてから説明する。


「……残念ながら、お付き合いには至ってません。でも、距離としては縮まったから呼び捨てにしてみただけ」

「……うぅん? それって、付き合う一歩手前みたいな?」

「ちょっと違うかな……でも、いつかちゃんと優子には話すよ」


 優子はそれ以上掘り下げて聞いてくることはせず、「そっか」とだけ相槌を打った。


「よくわかんないけど……今は元気そうだし、それならいいわ。……一時期、ほら、あの転校生とデートしたでしょ――そのあと、ちょっと元気ないみたいだったから」


 優子はアタシのことをよく見てくれている。いつも気にかけてくれて、アタシの心情を察して支えてくれたり、逆にそっとしておいてくれたり――アタシの親友としてもったいないと思うくらいだ。


「デートのあとは……ね、最後まで楽しみきれなかったっていうか、守の門限が早かったからさー、心残りがあったんだよね〜」


 アタシはそんなふうに理由付けして誤魔化した。


「えーそうなんだ、高校生で門限厳しいとかイヤすぎ」と、優子は特に怪しむことはなく聞いてくれた。


「……ねぇ円」

「何?」


 優子は一度箸を置いて、目を伏せたままに話す。


「……転校生ってさ、未だに円に対して素っ気ない態度取るじゃない。中途半端な感じっていうか」


 優子は問いかけるような視線を、アタシに向けた。


「――それでも、円はまだ転校生のことが好き?」


 アタシは悩むことなく、即答する。


「うん、好きだよ。アタシの気持ちは今も変わらない」


 優子は「……そっか」と、微笑んだ。


「なんなの今更」

「うん? いや〜さすがの円も転校生の塩対応にはもう飽きて、次の恋でもいくんじゃないかと思ってさー」

「まさかー。アタシは一途なんですー」

「それ自分で言う?」


 アタシたちは笑いあった。守と過ごせないのはもちろん寂しいけれど、優子とこうして笑っている時間も大好きだ。


「学祭の当日はさー、優子もいっしょに守の見に行こうよ」

「えー、わたしも? ……ま、転校生のダメダメな王子様の演技でも見てからかってやるか」


 優子はそう話してから、「待て、王子様……ってことは」と、顔を曇らせる。


「相手役もちゃんといるわけよね……お姫様シンデレラ役が」


 突然当たり前のことを言い出す優子に、アタシは首を傾げた。


「そりゃあそうだよ。シンデレラ役はね、貴志たかしくんの妹さんがやるんだって。えっと、名前は……あれ? なんだっけ?」

「――瑠璃るりよ! アイツの妹の名前!」

「あ、そうだそうだ! さすが優子、学園生徒のネットワークが広いなぁ」

「いやいや! 何をのんきにわたしなんかを褒めてるの!? これはピンチなのよ!」


 優子のいう『ピンチ』にいまいちピンと来ないアタシ。優子は顔を近づけて、そんなアタシにこう語る。


「学祭に向けた準備で、必然的に転校生と瑠璃の二人過ごす時間は増えて、距離が縮まっていく……なんてことは余裕で考えられる話だわ。さらにいえば、あの子は学園一の貴公子の異名を持つ北千種貴志きたちぐさ たかしの妹……つまり、かわいいのよ!?」


「は……はぁ……」とアタシは優子の剣幕に押され、身体を小さくした。


 ――ってか貴志くんって、『学園一の貴公子』なんて呼ばれてたんだ、知らなかった。


 息を切らす優子に、「つまり、どういうこと……?」とアタシは尋ねると、優子はやれやれと頭を抱え、アタシを見下ろしつつ言い放った。


「――つまり、二人が『恋』に落ちる可能性は超高いってこと! 恋のライバル出現ってことよ!」


 瞬間、アタシの脳天に雷が落ちてきたような衝撃を受けた。


「それって、アタシがいるのに、守が浮気する可能性があるってこと……?」

「いや、付き合ってないんなら浮気にならないと思うけど……ただ円の失恋に終わるだけよ」

「失恋……!」


 突然、目の前が真っ暗になっていく。


 どうしよう、アタシ……こんな形で守との関係を終わらせたくない。正直、続かせたい。


「あ……アタシはどうしたら……」


 縋るように聞くと、優子は顎に手を当てて、考え込むような姿勢を取りながら答える。


「向こうは転校生と同じクラス……圧倒的にいっしょに過ごす時間は向こうのほうが上ね。かなり円が不利なのはいうまでもないわ……。アピールするなら、先輩らしい頼りがいのある部分をアピールするとか、かしら……?」


 頼りがい、かぁ……。


 ……そうだよね。アタシ、先輩でもありお姉ちゃんだし、ここは頼りになるところを見せなくっちゃ。


「よし。アタシ、今日は練習もお休みの日だし、がんばってみる!」


 優子は「そうね、その意気よ」と言いつつ、アタシの口元に手を伸ばした。


 なんだろう、とアタシは思っていると、優子はその手を引いて、人差し指を上げて見せてきた。そこには、白い米粒がひと粒。


「口元にごはんつぶついてたわよ」

「……あ、ありがと」

「頼りがいある女になるまでは、まだちょっと足りないみたいね」


 アタシは、苦笑いを返すことしかできなかった。

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