三節:『円樹円』は変わらない

表せない距離

円樹つぶらき先輩、最近ちょっと変わりましたよね」


 アタシが生徒会室に着いた早々に、そんなことを言ってきたのは貴志たかしくんだった。


 二年生で生徒会書記やっていて、女子からの人気がとにかく高い……っていっても、私の次くらいだけれどね。


 こんなに人気なのに、浮ついた噂が何ひとつないのが不思議だ。


「あ、わかる〜? 実は二センチ髪切ったの!」


 アタシがそう返すと、貴志くんは「そうだったんですか」と言ったあと、こう訂正する。


「――そうじゃなくて、雰囲気の話ですよ。なんというか……『恋』でもしました?」

「こっ!? ……いや〜なんのことやら。」


 とぼけた口調で、アタシはそう返した。だって、話すわけにはいかないからね……まもるのことなんて。


 しかし、どうやらアタシは大根役者のようで、貴志くんは「円樹先輩みたいな方も恋するんですね」と、受け流されてしまった。


「……広めないでよ」

「広めませんよ、相手なんて誰だがわかりませんし……まあ、おおよそ検討はつきますけど」


 貴志くんは続けて、


御大地みおおじでしょう、一年の」


 と、言い当ててみせた。


「……ぐっ。ってか貴志くん、守のこと知ってるの?」

「いいえ。……ただ、妹から話を聞いて知っているだけで、話したこともないですよ」

「あれ? 妹いたんだ」

「ああ、話してませんでしたっけ。今年入学してきたんですよ。A組にいます」


 ――A組、か。守と同じクラスなんて羨ましい。


(……って、待って。妹から話を聞く……ってことは、結構その子と守ってよく話していたり……?)


 そう考えたら、複雑な気持ちになってきた。


 もちろん、クラスの子とは仲良くしてほしいけれど、でも……女子と仲良くされるのは、あんまりいい気分じゃない。


 ――まあアタシ、一度フラれている立場なんですけれど。


「しかし、一体どこを好きになったんですか? 相手は転校してきた、特にこれといってパッとしない一年じゃないですか」

「『これといってパッとしない』っていうのは、貴志くんの主観でしょ」


 貴志くんはバツが悪そうに、「……失礼しました」と謝った。


「……なんていうか、ビビってきたんだよ。守を見た瞬間に。アタシには、この人しかいないって感じたの」


 ――今振り返ってみれば、きっとあれは血の繋がりを本能的に感じただけなのだと思う。だけれど、アタシの守に対する『好き』の気持ちは、まだちゃんと残ってる。


「――これは『恋』だよ。アタシ、生まれて初めてだった、こんな気持ちになったの」


 アタシの気持ちは変わる気配はない。きっとアタシは、この先もずっとこの気持ちを抱えて生きていくんだ。


「昨日、俺が先輩を呼びに行ったときも横にいましたよね」

「あー、うん。いっしょに帰ろうと思ってて。……貴志くんに邪魔されちゃったけど」


 アタシはあえて後半を強調して言ってやると、貴志くんは若干ムッとした表情を浮かべた。


「ってかさ、さっきから貴志くん、めっちゃアタシの話聞いてくるけれど、貴志くんのほうこそどうなの? そりゃあモテるんでしょ?」


 話の流れに乗って、今度はアタシから話を振ってみた。


「……別にモテませんよ。そんなことより、学祭の準備です。円樹先輩には、最後のキャンプファイヤーの着火役をお願いします。ちなみに各部からも、その後のダンス、歌の披露の依頼が来ていまして――」


「はいはいはい、わかってるって〜。ってか、アタシだけ詰め込みすぎじゃない? そんな部員足りないの?」


「やはりトリに相応しい『華』が必要だと、各部から依頼されてましてね」


 アタシは文句をぶつけたが、軽く貴志くんにあしらわれてしまった。


 まあ、このスケジュール的に、守のクラスの出し物は余裕で見に行けそうだし、アタシの力でみんなが喜んでくれるなら、全力を尽くすまでだ。


 誰かのために動くのは嫌じゃない、むしろ好きだし。


「……というわけなので、円樹先輩には毎年のことながら、よろしくお願いします。これが学祭のスケジュールです。それとこちらがダンス部からのと、軽音部からのそれぞれの依頼内容です。スケジュールも書かれていますので、ひととおり目を通して覚えてください」


「うげげ……簡単にいうけどさぁ、アタシ、そんな超人ってわけじゃないんだよ? 覚えろったって……」


「去年だってやってみせたじゃないですか。しかも一発で」


「……ふむ。できてしまう自分が憎いね」


「一度でいいので、そういうことを言ってみたいですね」


 貴志くんはそう言って、ほんの少しだけ笑った。あんまり笑った姿を見たことがなかったから、なんだか意外。


「貴志くんって、そうやって笑うんだね」

「人のことをなんだと思ってるんですか。……とにかく、よろしくお願いしますね。それと、このあとは家庭科室へお願いします」


 アタシは渡された資料を抱えながら、「家庭科室?」と聞き返した。


「閉会式の衣装、今年も手芸部が作ってくれるそうです。円樹先輩も採寸されにいってください――去年の衣装から型どりしてもいいですが、太っているかもしれないでしょう」


「太っ……! ちょっと貴志くん、失礼なんじゃない? アタシ、体重なんてねぇ……!」

「さあ、さっさと行ってください。俺も生徒会の仕事で忙しいので」


 強引に生徒会を追い出され、アタシは振り向きざまに貴志くんを睨みつける。


 貴志くんはそんなアタシを無視してそのまま扉を閉める――が、閉じ切る前に、貴志くんは一度手を止めた。


「……あの、話が少し戻るんですけど」

「? 何?」


 貴志くんは少し聞きづらそうに視線を左右に動かしていたけど、やがてこう聞いてきた。


「御大地とは……仲、いいんですか?」

「え? えーと……」


 改めて聞かれると答えるのに困る質問だ。


 うーん、仲良し……とは、少し違う気がする。

 でも、アタシと守の間には、血の繋がりがあって、二人で関わってきた絆ももちろんあると思ってる。


 お互いの想いも知っている……だけれど、そのせいでなかなか親密になれなくて……。


「ぐぬぬ……」

「すみません、悩ませるつもりはなかったんですが」


 内心の葛藤が表面に出てしまっていたか、貴志くんはそう言って身を引いた。


「変な質問してすみません。では、また」


 貴志くんはそう言って、いよいよ扉を閉めた。


 なんだったんだろう――と思ったけれど、すぐにアタシは気持ちを切り替え、今年はどんな衣装を作ってもらえるのかとワクワクしながら、手芸部へと向かった。

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