振り向かなくても構わない(2)
「……まあとにかくだ。学祭が終わるまでよろしくな」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
――「学祭が終わるまで」……か。
学祭が終わったら、わたしたちはもう、王子様とお姫様の役じゃなくなるんですよね……当然ですけど。
「まずはセリフ覚えていかないとな……」
少しだけ動揺の色を浮かべる御大地くんが気になり、わたしは「どうされました?」と尋ねてみました。
「……いや、別に」
御大地くんはそう言って台本を閉じようとしたので、わたしはすかさず間に指を入れ、阻止しました。
「おい、何を……!」
「やっぱり、気になるじゃないですか」
わたしはそう言ってそのページを覗き込みます――そこに書かれていたのは、ちょうどラストの場面で、『運命の相手と再会できた二人は、最後に幸せなキスをする』と書かれていました。
「…………」
唖然としてしまうわたし。
『二人』とはもちろん、王子様とシンデレラのことを指すのでしょう。
だとしたら……!
わたしは一度眼鏡の位置を直してから、御大地くんに向き直りました。
「……あら、もしかして御大地くん、ラストシーンを見てエッチなこと考えましたね?」
「違う! 考えてない!」
顔を赤くして否定する御大地くん。わたしはクスクスと笑い、いつものように「冗談です」と答えました。
しかし、それと同時進行で、内心は焦りと期待が入り混じり、大混乱を起こしていました。
「ふふ、御大地くんってウブですねぇ」
――そういうときは、表面だけでも平静を装うんです。そうすれば、おのずと心も落ち着いてきますから。
「……なんでわざわざこんなシーンを……シンデレラって、ガラスの靴がピッタリ合ったらそれで終わりじゃなかったか」
「まあ間違いじゃありませんけど、『余韻』ってやつですよ、キスシーンは」
「……
「あら、そうですか?」
――そんなわけないじゃないですか。わたしだって、今だって心臓が飛び出そうなくらい緊張しているんですよ。
「……まあ、でもそうだよな。台本にはそう書かれていても、あくまでこれは演劇だ。実際するわけでもないし、戸惑うほどじゃないか……」
わたしの反応を見て思い直したのか、御大地くんはそんなことを話しました。
……ええ、まあそのとおりなんですけど。なんでしょう、このちょっとしたガッカリ感。演劇であわよくばキスしてやろうなんて考えも、そもそもよくないことではあるんですけど。
こちらが悶々としている中、御大地くんは台本を閉じました。ああ、そろそろ帰るんだな――と思い、わたしも図書委員の仕事が終わったらさっさと帰ろう、と思考を巡らせていると、御大地くんから思いもよらぬ言葉をかけられました。
「北千種さんって、放課後時間ある?」
「……え?」
わたしは思わずきょとんとしてしまっていると、御大地くんは続けてこう話します。
「せっかく台本もらったし、二人のシーン練習してみないかと思って……ほら、舞踏会のシーン、不安なんだろ?」
わたしは壁掛け時計は目をやりました。時間は問題ありません。
兄さんも、学祭までの期間は生徒会の仕事で忙しいし、特に迎えに来たりもしませんし……。
「……はい、構いませんよ。むしろ、こちらからお願いしたいほどです」
「よかった。なら、図書委員の仕事が終わるまで待つよ。何か手伝うことある?」
「いいえ。御大地くんはセリフ暗記でもしててください。わたしも今は特にすることもありませんし、そうしてます」
「わかった」
御大地くんは近くの椅子に座って、台本を読みはじめました。わたしも台本へ目を落としつつ、そっと台本越しに御大地くんの横顔を見つめます。
――御大地くんは、わたしのことどう思ってるんでしょう。どうやら昔、わたしたちがすでに出会っていることは覚えてないようですけど。
こうして誘ってくれるのは……きっと、わたしに気があるとかじゃないですよね。これはたぶん、あなたの優しさ。
どちらにせよ、わたしは別に、あなたに振り向いてもらわなくてもいいんです。
(……それにしても、初めこそ学祭の出し物が演劇なんて最悪だと思っていましたが、今にしてみれば、これはこれでよかったのかもしれません)
――人の前に立つのはやっぱり苦手ですけど、王子様となら、大丈夫です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます