二節:『北千種瑠璃』は重く、一途

わたしの王子様(1)

 ――しまった。


 わたしは校門の外へ出たところで、ようやくあることに気づき、足を止めました。


 カバンに付けているはずの、ペンダントがないのです。


 大切なものなのに。それに、誰かにあの中身を見られでもしたら……。


(――特に、くんには)


 だってあの中身には、彼のが入っているんですから。




 ◇




 わたしには、ずっと小さいころからずっと変わらず好きな人がいます。


 ――その人は兄さんかって? いいえ、兄さんのことももちろん好きだけど、そういう意味の『好き』ではありません。


 好きな人というのは、わたしが『恋』をしている相手ということ。



 出会いは、十年も前のことです。


 保育園で、わたしはいつものように本を読んで過ごしていたときでした。


 ――ああ、そうなんです、本を読むのは昔からすごく好きで、暇さえあれば読んでいます……って、そんな話はよくって。そうそう、そんなとき、わたしは突然同じ組の男の子から本を取り上げられてしまったんです。


 いつもその子は外で走り回っているような……まあ、ひとことでいえばやんちゃな子だったのだけど、その日は雨で、お友達と教室内を駆け回って遊んでいました。わたしはそれの邪魔にならないように、隅っこで小さくなって本を読んでいたと思うんだけど、どうにもその子の目にわたしの姿が止まってしまったみたいで、本を取り上げられてしまう事態に発展してしまって。


 あのころのわたしはとにかく人見知りがひどくて、内気だったから……パニックになって、声も出せずに怯えていました。本を返してほしいのに、それすらも言えなくて……。


 ついに悲しくて泣き出しそうになったとき、ヒーローが目の前に現れて、わたしを助け出してくれたんです。


「ほん、いたくなるからやめろ」


 そう言って、男の子から本を取り返して、わたしに優しく渡してくれました。


 その姿は、ヒーローであると同時に、わたしに手を差し伸べてくれた王子様のように思えました。


 ――この瞬間から、わたしはその王子様に恋をしたのです。


 王子様は、同じ組の無口な男の子。

 話したことはほとんどなくて、わたしは彼のことを全然知らない。だけど、つぶらな二重の瞳に、幼いながらに整った顔立ちをしていた彼だったから、当時のわたしは少しだけ気になっていました。


 だからこそ、この一件はわたしが『恋』に落ちる決定打になったのかもしれません。


 わたしはそれ以来、彼に夢中でした。


 彼のことならなんだってする。だから、ただそばにいさせてほしい――幼少期のわたしは本気で思いました。いえ、今もそう思っています。


 だけど、わたしは引っ込み思案だったから、そのころはまったく自分から踏み出せませんでした。むしろ、あの日助けてもらったときもロクにお礼を言えずに、そのままになってしまっていて……。


 そのうち卒園を迎えてしまって、小学校に上がってからは、彼と顔を合わせることはありませんでした。


 わたしは後悔し続けました。せめて、お礼をきちんと伝えておけばよかったと……。


 もう二度と会えずに、このまま後悔だけ持ちつづけるのかと絶望していた最中のことでした。わたしは、ついに出会うこととなるのです。


 わたしの愛しの王子様。

 長年想いを寄せる――御大地守みおおじ まもるくんに。

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