落し物

 学級委員長の話によれば、今回の演劇の題材として決まった、『シンデレラ』に登場する王子様とシンデレラの役が、クラス満場一致で僕と北千種きたちぐささんがいいと決まったらしい。


 何をバカなことを言っている、と思ったが、学級委員長の熱意に負け、僕らはその役を引き受けることになった。



 放課後、本を返しにきた僕と、図書委員の仕事をしている北千種さんとで、偶然にも図書室で二人きりになったときのこと。


「最悪ですねー」


 と、北千種さんは言葉を洩らした。


 北千種さんは僕が返却した本を、ピッとバーコードリーダーにかざしてから顔を上げ、「……あ、御大地みおおじくんと演劇をするのが最悪ってことじゃないですよ。演劇自体が嫌なんです」と補足した。


「あえて言わなくても理解しているよ。……むしろ、そう言われたことで、本当は僕とするのが嫌なんじゃないかと疑いが深くなったよ」

「あら〜、失礼しました」


 北千種さんは、いつものようにクスクスと笑った。


「それにしても、困りましたねぇ……」


 ひとつ間をあけたあと、北千種さんは眼鏡の奥の目を伏せ、珍しく小さくため息をついた。


「……シンデレラって、舞踏会で踊るシーンあるじゃないですか」

「ああ」

「あれ、まるまるカットにならないですかね」

「……いや、無理だろ。あれがあってこそ、ラストに繋がるわけだし」

「ですよねぇ」


 肩を落とす北千種さん。


「……実はわたし、踊るのって得意じゃなくって。元々運動全般苦手なんですけど、特にダンスが……。わたし、演じられる自信がありません」


 ――なるほど、それでそこまで落ち込んでいるのか。


「……そういうことか。まあ、だったら練習するしかないな。僕も舞踏会の踊りなんてやったこともないし、頼りにはならないけれど、演技の練習には付き合うさ」

「……いいんですか?」

「当然だろ。僕だって王子様役だしさ」


 北千種さんは少し安心したように、「ありがとうございます」と礼を述べた。


「そういや、北千種さんのお兄さん、今日は迎えに来ないな」


 ふと、僕は壁掛け時計を見上げながら言った。いつもなら、だいたいこの時間帯に迎えに来ているイメージがあるんだけれど。


「ああ、兄さんなら最近、生徒会の仕事で忙しいですから。ほら、学祭が始まるでしょう、それでいろいろあるみたいで。だから最近は、特にいっしょに帰ったりとかはしていないんです」

「へぇ、そうなんだ」

「学祭が終わるまでは、たぶんこんな感じですかねー」


 僕は「そっか」と相槌を入れると、ズボンのポケットがスマホのバイブレーションで震えた。


「ごめん、ちょっと見る」と北千種さんに言ってから、僕はスマホを確認する。


『ごめん! 学祭の準備期間に入っちゃって、しばらくいっしょに帰れないかも! まもるのところの出し物も楽しみにしてるから、じゃあね!』


 ――そこには、姉からのメッセージが入っていた。


(別に僕は、放課後いっしょに帰ろうだなんて約束している覚えはないんだが……)


 っていうか、当日は姉が見に来るのかもしれないのか……。身内が来るとわかると、余計に恥ずかしさが込み上げてくる。


「……これ、相手は円樹つぶらき先輩ですか?」

「どぅわっ!!?」


 真後ろから覗き込んでいた北千種さんに驚き、変な声が出てしまった。


 僕はスマホの画面を咄嗟に手のひらで隠し、「勝手に覗くなよ!」と言うと、北千種さんは悪びれもしない笑顔で、「ごめんなさい」と返すだけだった。


「どうしても気になってしまって。ほら、わたし女の子ですから。恋バナだって好きなんですよ」

「残念ながら、円樹先輩と僕の間に、北千種さんの期待するような『恋』なんて話はない」


 ハッキリと言ってやると、北千種さんはつまらなそうに眉を下げた。


「まあ、いいです。いつか聞いてやりますから」

「そんなに知ってどうするんだよ。なんだ? 僕に気でもあるのか?」

「……」


 北千種さんは呆れたような眼差しをこちらへ向けた。


「……まさか。兄さんよりいい男になってから言ってください」


 北千種さんは鞄を肩にかけ、席を立つ。


「ずいぶんとお兄さんのことを尊敬しているようで」

「ふふ、ブラコン気質だなーって引きました?」


 北千種さんの言葉に、思わず目を逸らした。


「なんて、ね。ただ、好奇心から気になってしまっただけなんです」

「……ろくな好奇心じゃないな」

「それはどうも」


 北千種さんはそそくさと扉に手をかけ、「では、お先に帰ります。また明日」と、軽やかに手を振って図書室を出て行った。


 ――相変わらず掴みどころのない、不思議な人だ。


 僕も続いて図書室を出ようとしたときだった。北千種さんがさきほど座っていた付近に、ペンダントが落ちていることに気づいたのだ。


 北千種さんが落としていった物だろうか――そう思いながら、僕はペンダントを拾い、観察する。


 何の変哲もない、楕円形のペンダントだ。ただよく見ると、ペンダントに小さな突起がついており、どうやら開くことができるようだ。ペンダントの中身といえば……まず最初に思いつくのは写真、といったところか。


「……」


 一瞬、中身への興味から開けてしまおうかと邪心が顔を出したが、すぐに振り払った。写真だとしても、そうでなくても、人のプライバシーを勝手に覗くものじゃない。


 今から急いで行けば、北千種さんに追いつくかもしれない。僕は小走りに、図書室をあとにした。

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