捨てきれない嫉妬
――『――アタシの幸せはアタシが決める。アタシは、アタシのために生きるの』
姉からそんな宣言を受けたというものの、実に平穏な学園生活を送っていた。
どんなことを仕掛けてくるのかと緊張している部分はあったものの、大したことが起きることなく、ひと安心だ。
(……)
――と、頭では納得しているのに、なぜ心はどこか少し落ち込んであるのか。
(……とにかく、今日も何事もなく一日終わったんだ。真っ直ぐ家に帰るとしよう)
帰りのホームルームも終わり、周囲のクラスメイトがぞろぞろと教室から去りゆく中、僕も席を立ったときだった。
「
教室中に響き渡る姉の声。
帰りかけていたクラスメイトたちは一斉に足を止め、姉に注目した。
「つ……円樹先輩?」
「『まもる』って……まさか」
途端にざわめきたつクラスメイト。それから、今度はゆっくりと僕のほうへ注目が集まる。
同時に、前の席からこちらを様子を伺う、
「守! いっしょに帰るよ!」
円樹先輩の邪気のない満面の笑みは、僕にとっては悪魔にしか見えなかった。
(この人は、なぜわざわざこんな目立つようなことを……!)
問いただしたい気持ちをぐっと堪え、僕は急いで姉の元へ移動し、その手を引いてそそくさと教室を離れていく。
ようやく人の波も落ち着いたところで、僕は早速口を開いた。
「な……なんなんですか、いきなり帰ろうだなんて!」
姉は「え〜? なんかダメだった?」と、悪気のひとつも感じない態度を見せている。
「そりゃあ全部がダメに決まってますよ! あんな目立ったら、僕らの間に何かしら関係があるって誤解されるじゃないですか!」
「え〜。……だとしても、それは誤解じゃないよね? だってアタシたち、姉弟だもん」
「いや、そうじゃなくて……!」
「そうじゃなくて、何?」
姉はニヤニヤしながらこちらを覗き込んでくる――あ、これ、わかってて言ってるな。
「……つ、付き合ってるって思われたら、めんどうですから」
しかたなく僕が答えると、姉の頬はすっかり緩み切った。
「いいんじゃない? 特に問題ないし!」
「問題大アリです! ……僕の身にもなってください。円樹先輩と付き合ったと周囲に噂された暁には、僕は毎日嫉妬の目で見られつづけることになりますよ」
僕はやれやれと先を思いやられていると、姉は「大丈夫」と力強くこう言った。
「――アタシがそんな視線、断ち切ってあげるから」
真っ直ぐ僕のことを見つめるその
「……」
気を抜くと、余りにも頼りある愛しい人に全て寄りかかってしまいそうだ。
――だけれど、そんなことはしない。僕らは、付き合ってはならないのだから。
何度だって、僕は同じ答えを返すだけだ。
「なんか付き合う前提になって話を進めてますけど、僕は円樹先輩なんかお断りです」
「もーう! 守のわからずや!」
今度は破裂してしまうんじゃないくらいに頬を膨らませる姉。
「……なんか最近、より積極的じゃないですか」
僕が聞くと、姉はふと、大人びた表情を浮かべた。
「アタシ決めたの、アタシはこの『恋』に、全力をかけるって」
――あまりの美しさに、僕は緊張し、身構える。
「それにね、アタシ、ちゃんと守くんに――」
姉は言いかけて、言葉を引っ込めた。姉は僕ではなく、その奥を見つめているようで、僕はその視線の先を追った。
「……
視線の先にいた――姉がそう呼んだ相手は、
「『貴志』……なんて、馴れ馴れしく呼ばないでと何度も言っているんですが」
「君の名字、あんまり印象残らなくってさ。それに比べて、下の名前は三文字で覚えやすいんだよね」
「……はぁ。まあいいですが」
北千種さんのお兄さんは軽くため息をついてから、こう続ける。
「今日は学祭に向けたミーティングの日ですよ。お忘れですか? 円樹先輩は、学祭のトリを飾る方なんですから、ミーティングには出てもらわないと困ります」
――ミーティング? それに、学祭のトリだって?
僕は円樹先輩を見つめる。円樹先輩はハッとして、慌てた様子で「ごめん! 忘れてた!」と、勢いよく両手を合わせた。続けて、姉は僕にも頭を下げる。
「守くんもごめんね。今日は生徒会と学祭のことでなんか話し合い? っていうか、なんかいろいろお仕事頼むって事前に言われてたんだよね。アタシ行かなきゃだから、いっしょに帰れないかも!」
「……はぁ。よくわかりませんが、がんばってください」
僕は軽く手を振って姉を見送る。
姉は名残惜しそうに僕に手を振り返してくれていたが、やがて北千種さんのお兄さんとどこかへ向かっていった。生徒会とミーティングとか言ってたし、たぶん生徒会室へだろうか。
(学祭……か。確かこの学校って、夏に学祭をやるって話、聞いたことあるな)
姉のことを『トリを飾る方』と北千種さんのお兄さんは発言していたが、当日何をやるのだろうか。まあ姉は運動もできるようだし……学祭の最後に何かしらのパフォーマンスを披露するのかもしれない。
学園一の美少女だ。みなの目を引く存在は、場を一層盛り上げてくれることだろう。
(……本人は、そういうの嫌じゃないんだろうか)
――だが、バスケをしているときの姿は、楽しそうではあったし……姉は誰かのために何がすることが好きなのかもしれないな。
(僕が口を挟むことじゃない……な)
それにしても、と僕は思う。
北千種さんのお兄さん、改めて間近で顔を見て、話し声を聞いたが……男の僕でも惚れてしまいそうなくらいまさに『美少年』って感じだったな。
学園一の美少女と言われる姉と並んでも遜色ない、むしろお似合いと言われるようなルックスの並びだった。
(……なんか円樹先輩も、『貴志くん』とか気さくに呼んでたし)
少し、面白くないな。
……姉への『恋』は、やはり簡単に断ち切れるものではないようだ。
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