不思議な彼女

 あの日、円樹つぶらき先輩――そう、姉と観た映画は、『兄妹愛』がテーマだった。


 生き別れの双子が大人になってから再会し、互いに恋に落ちる話。

『血の繋がった兄妹』という事実を前に葛藤する二人だけれど、結局は自分の気持ちに従い、二人は恋人として付き合っていくことを決意する話だ。


 ――映画を観て、僕は心底吐き気がした。


 なぜ彼らは付き合うという選択を取ったのか、僕には最後まで理解できなかった。


 自分たちの気持ちを尊重したことはわかる。だが、相手を思いやれば、決して付き合うべきではないはずだ。


 血の繋がりは絶対的な呪いだ。関係を周りに話せば不浄だと嫌悪され、見放されるだろう。それが昔から創り上げてきた揺るぎない世間の価値観だからだ。誰からも、心からの祝福はもらえないだろう。


 関係を隠すにしても、それは一生周囲に嘘をつきつづけることになる――それはきっと、真綿で首を絞められるが如く、ジワジワと彼らを苦しめることになるはずだ。偽りつづけるけるということは、決して楽なことではないのだ。


 ……ただ、やはり少し……ほんの少しだけ。


(――幸せそうに笑う二人を、羨ましく思う自分もいた)


 しかし、あれは映画の話だ。

 現実は、あんな簡単にハッピーエンドは迎えられない……いや、ハッピーエンドなんて存在しないんだ。


(……って、映画を酷評しつつも、原作を買って読んでしまっている僕って、なんなんだろうな)


 内心自分自身を鼻で笑い、キリのよいところまで読み終えたところで本を閉じ、顔を上げた――瞬間、北千種きたちぐささんと目が合った。


「それ、このあいだ映画化されましたよね」


 北千種さんはそう言って、ニコリと笑った。


「……ずっと見てたのか?」

「いいえ、たまたまです。ちょうど何読んでるのかなーと覗いたところ、目が合ったって感じですね」

「……今更だけれど、北千種さんって僕の前の席だったんだ」

「本当に今更ですけど、そうですよ」


 ――そうだったのか。あまりにも周囲に興味がないとはいえ、今まで本の世界に入り込みすぎてたな。


「それ、わたしも原作だけ読んだんですけど、なんとなく納得がいかないんですよねぇ」


 北千種さんも僕と同じ感想を抱いていることを知り、「北千種さんもそうなんだ。……実は僕もあまり好きじゃないんだ」と返すと、北千種さんは「ですよねぇ」と、うんうんと頷いた。


「兄妹だから起こり得る問題とかを全部無視して、都合のいい部分だけを見て『愛のために生きていく』とかいわれても、絶対に無理でしょうって思っちゃうんですよ。……ま、フィクションに対してそんなことをいうのも、野暮ってものなんでしょうけど」


「そういえば、北千種さんも兄妹がいるんだったよな。お兄さんが」


「……『も』?」と、北千種さんは首を傾げた。その瞬間、僕は自分の失言に肝を冷やしたが、すぐに彼女は、それは取り上げるほどのことでもない、どうでもいいことだと思ったのか、話題を逸らすことなく話を続けてくれた。


「ええ、そうです。だからこそ、わたしは余計にこのお話に期待してしまったというか……血の繋がった兄妹が恋し合ったら――愛し合ったらどうなるのか、興味があったんですよね。結局、血の繋がりがあろうと『恋は盲目』ってことがわかっただけですけど」


『恋は盲目』、か。僕には痛い言葉だ。姉とは付き合いを断つのが一番だとわかっているのに、彼女の声を聞くだけで理性は崩れ、本心を優先させて動いてしまう。


 だからデートをしたあの日、姉がキスしてきたとき耐えられず、本能的に返してしまった。


 ――もし……あと一歩、引き下がるのが遅れていたとしたら。


「……概ね同意だ。僕もあの映画は、どうもダメだった」

「同じような意見でうれしいです。結構この話、意見がハッキリ分かれるものなので」


 北千種さんとの会話も弾んできたところで、僕はひとつ彼女にあることを聞いてみることにした。


 ――兄妹を持つ彼女にこそ、問いかけたいことを。


「……あのさ、北千種さんが映画のラストを決められるとしたら、どうしてた?」


 僕の質問に、北千種さんはキョトンとした顔をしたが、すぐに「うーん、そうですねぇ」と、少し考える素振りを見せたあと、こう答える。



「――心中して二人最期を迎える、ですかね」



 ――心中。


「兄妹同士が愛し合うことは罪だと……わたしは思うんです。だからこそ、罪を償うじゃあないですけど、その愛は二人で終わらせるべきだと思います。わたしがもし仮に、兄を愛してしまったなら、その選択を取ってしまいそうです……なんて、わたしって重い女ですかね?」


 北千種さんはそう話し、クスクスと笑った。


 一方で、僕は笑えなかった――まさかこれほどまでに重い答えが返ってくると思わなかったからだ。


 思わず、『重い女ですかね?』の返しに、頷きそうになってしまったほどだ。


(さすがに僕は、心中なんて考えられないな)


 姉の死にゆく様なんて、いくらともに死ぬとしても、見たくはない。


「……というか。御大地みおおじくんって、いつも教室で本ばかり読んでいますよね。話し相手もいないし、暇なんですか?」


 北千種さんはここで話題を変え、そんなことを言ってきた――何が『というか』、だと思ったが、まあいい。


「どストレートに言ってくれるな。まあ、そのとおりだけれど。僕は人付き合いは苦手なんだ」

「へぇ。……なら、ひとつ忠告しといてあげます」

「忠告?」


 北千種さんはある方向へ視線を向けた。僕もその視線を追うと、その先には三人ほどの女子グループがチラチラとこちらを見ているようだった。


「御大地くん、顔だけはいいじゃないですか。あんな感じで、実は密かに女子人気が高いんですよ」

「……顔ってなんだよ」

「だってわたし、御大地くんのこと全然知りませんから」

「まああまり話したこともないけれど……。というか、僕の外見なんてそうでもないだろう」


 ――姉とは違って、僕は平凡そのものだ。


「御大地くんって、自己評価低めなんですねぇ」

「……その話はいい。僕に話しかけたりなんてして、一体なんの用だ?」

「同じクラスメイトなのに、ちょっとお喋りしたっていいじゃないですか」

「……」


 僕がじっと視線を返すと、北千種さんは肩を竦めてからこう話す。


「わたしたち、今日日直なの知ってます?」


 北千種さんはそう言って、僕の机の上に一冊の本を置いた――それは、学級日誌だった。


「御大地くんも、日直コメント書いといてくださいね」


 北千種さんは話しながら日誌を開き、空欄部分を指差した。


 その他の部分は、すでに記入がされていた。


「……悪い、完全に忘れてた」

「いいんですよ。わたしも、声を掛けずに勝手にやっていましたから」

「本当にごめん。あとのことは全部やるから」

「いいえ、お気になさらず。日直なんて、大した仕事しないんですから」


 北千種さんは「それじゃあ、よろしくお願いします」と言って、前に向き直った。


(……なんだか不思議な人だ)


 怒っている様子でもなさそうだし……なんだか要領が掴めない。


 だけれど、あとでしっかりお詫びはしよう。


 僕はそう思いながら、日誌にペンを走らせた。

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