すべてを知った瞬間

まもるくんの気持ちがわからない)


 帰り道、アタシは歩きながら今日の出来事を振り返る。


(アタシ、少女マンガに夢見すぎてたのかな)


 ひとめぼれして、『恋』に落ちて、意中の人に想いを伝えて、時には言葉だけじゃなく、行動で自分の想いを示して。


 ――だいたいは、それで上手くいってたんだけれど。


 考えていたって、今の状況は何か変わるわけじゃない。それはわかっていても、どうしても思考が巡ってしまう。


(あ〜……ダメだな、アタシ。よし、今日はいつもより熱いお風呂に浸かろう、うん、そうしよう!)


 アタシは無理矢理意識をお風呂に向けて、前を向いて早足で歩いた。


 やがて家に着き、アタシは玄関の扉をくぐる。玄関先にはお母さんの靴があった。今日はもう家にいるみたいだ。


(お母さんにこの話を……って、絶対できないなぁ)


 お母さんのことは好きだけれど、さすがにこれは内緒、かな。アタシは「ただいまー」と言いながら玄関へ上がると、お母さんが「おかえり、まどか」と迎え出てくれた。


「……デート、早かったのね」

「あー……うん、ちょっと、ね。守くん、門限あるみたいだから」

「……そう。デートは楽しかった?」

「……。うん、映画観たりね、プリ撮ったり……楽しかったよ」


 ――デート自体は楽しかった。それはウソじゃないけれど、同時にカラオケでの出来事が思い出され、答え方がどこかぎこちなくなってしまった。


 アタシは気まずさから抜け出すために、「じゃ、先にお風呂に入ってくるね」と言って、お母さんの横を通り過ぎていく。


「……お夕飯用意してるから、もしお腹空いてたら食べてね」


 アタシは一度振り返り、「ありがと、お母さん」と言って、浴室へ向かった。


 何もかも流してスッキリしたい。今はそのことばかり考えていた。




 ◇




 お風呂から上がると、ある程度は気持ちも落ち着いてきた。


 ――それに、サッパリしたらお腹も空いてきちゃった。お母さん、ごはん用意してくれたって言ってたし、食べようかな。


 アタシはそう思い、リビングへと移動した。テーブルの上にはラップのかけられた状態で、二人分の食事が用意されていた。


 お母さんはテーブルについて、アタシを待ってくれていた。


(お母さんも、夕飯食べないでアタシを待ってくれてたんだ)


 気づいたアタシは、「夜ごはん、ありがとう」と言って、急いでテーブルの席についた。


 お母さんと向かい合って、手を合わせる。いつものように「いただきます」を口にして、ごはんを食べようとしたときだった。


「――食事の前に、お母さん、ひとつ円に伝えたいことがあるの」


 お母さんにそう言われ、アタシは手を止めた。


「伝えたいことって?」


 アタシは聞き返すと、お母さんは冷徹とした表情で、こう言い放った。



「―― 円。お付き合いしている彼との関係は、今日限りにしてちょうだい」




 突然言われた言葉に、アタシは素直に聞き入れられず、目を見開いた。


「な……なんで、いきなりそんなこと、言うの?」


 お母さんは目を伏せ、アタシに細長いものを出してきた。そこにはいくつかの小さな写真が並んでいて――そう、今日撮った、守くんとのプリだ。


「今日付き合った相手って、この子……御大地守みおおじ まもるでしょう」


「なんで守くんの名字まで知って……アタシ、お母さんに話したっけ? ……っていうか、なんでお母さんがそれ持ってるの?」


「……ずいぶんと仲良さげじゃない。特にこれなんて、ちょっと距離が近すぎるんじゃない……?」


 お母さんはそう話して、互いの鼻が触れるほど顔を近づけているアタシたちの写真を指差した――あのときの、アクシデントの瞬間が写ってしまった一枚だ。


 アタシは言い訳をしようとして、止めた。むしろ、話を逸らさせてはならないと、毅然とした態度で、「お母さん。それよりも、どうしてこの写真を持ってるの?」と改めて聞いた。


 お母さんは気まずそうに目を逸らし、答える。


「……ごめんなさい。円がお風呂に入っている間、あなたの部屋から探させてもらったの。……もしかしたら、お相手が写っている写真があるかもって」

「なっ、なんで勝手に、そんなことして……!」


 お母さんは再度「……ごめんなさい」と謝った。だけれど、謝ったからっていいわけじゃない。


 お母さんは今までアタシに部屋に勝手に入るなんて、そんなことなかったはずなのに。


 ……そうだよ。そんなことなかったのに、どうして……。


「……。部屋に入ったことはひとまずいい。……だけれど、どうして急に今後付き合うなとか、アタシに口出ししてくるの? そんなの、お母さんには関係ないよ!」


 お母さんは目を伏せ、下唇を噛んだ。

 何か、すごく言いづらそうにしているのがわかったけれど、だからって、アタシはここで引き下がれない。


 唐突すぎて、いくらお母さんでもこんなの納得できるわけがない。


「……すぐには、信じてくれないかもしれないけれど」


 アタシは静かにお母さんの言葉の続きを待った。


 お母さんは顔を上げ、アタシを真っ直ぐ見つめ、こう続ける。



「――この子は、あなたの弟なのよ」



 ……。

 …………え?


「お……おとうと……?」


 お母さんはゆっくりと頷いた。


「何、急に……アタシ、ずっとひとりっ子だったじゃん。弟なんて……」

「わたしにはあなたのほかに、息子もひとりいるの。前のお父さんとの間には、実は……あなたのほかに、もうひとり……」


 お母さんは、アタシが小さいころに離婚している。

 小さいころの記憶は、まったく覚えていない。


「あなたをわたしが引き取って……あなたの弟……守は、あなたのお父さんが引き取った」


 ――何……じゃあアタシは、偶然にも、別れた弟と再会したっていうの?


 そんなの、すんなりと信じられるわけがない。


「今まで黙っていてごめんなさい。わたし……あの人の……お父さんのことが嫌いでしょうがなかったの。忘れたかった。なかったことにしたかったの。息子のことも大事だったけれど、どうしても、あの人に似た顔のあの子を愛し切れる自信はなくて……。ずっとあなたには黙ってた。初めから、わたしはあなたと二人だけの家族だと思って生活していて……」


 内容は頭には流れ込んではくるけれど、心はそれを処理しきれないでいた。


 何を話しているかはわかる。だけれど、何を言っているのかは理解できない。


 アタシはすでに、放心状態だった。


 そんなアタシに対して、お母さんは最後に、縋るような眼差しを向けてこう言う。


「ねぇ円――守とは、特に何もしていないわよね?」

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