交錯する心

「……っていうか、カラオケに行こうなんてさ、まもるくんが言うの、なんか意外」

「そうですか」


 そんなやり取りから始まったカラオケの個室にて、アタシはデンモクを適当に操作しながら、どの曲を歌おうか考えていた。


「僕も意外でしたよ、円樹つぶらき先輩が、すんなりカラオケの誘いを受けてくれたことが」

「アタシ、カラオケ嫌いそうなキャラに見える? 全然、よく優子ゆうこと来たりするよー」

「……いや、そうじゃなくって」


 アタシは顔を上げ、首を傾げた。


「男子と二人きりになるの、抵抗ないんだなーって」

「……あっ」


 守くんに言われて、バカなアタシはこの状況をようやく把握する。


 大して広くもない部屋の中で、向かい同士に座るアタシたち。


 さらにここは、カラオケという密室空間。


 ――もしかしてアタシ、警戒心なさすぎだと思われてる!?


「ちっ、違うからね!? アタシは守くんだから誘いに乗っただけなんだから! 知らない人とは、こんなとこ来ないよっ!」

「別に僕、責めたつもりはないんですが」


 思わず立ち上がって否定したアタシに、守くんの冷静な返答。アタシは少し恥ずかしくなりながらも、再び席についた。


「……どちらにせよ、よかったです。ここへ来れて。……円樹先輩とは、二人きりになりたかったから」

「……へっ?」


 ――ふ、二人きりになりたかったって……それって、どういう……。


「円樹先輩」

「……は、はい」

「ひとつだけ、聞いてもいいですか?」

「……うん」


 改まって尋ねる守くんにやや緊張しながらも、アタシは耳を傾ける。


「円樹先輩は、僕のどこがいいんですか?」

「……え? ええと……」

「――関わるなって僕は言ってきたのに、円樹先輩はいつも僕に構おうとして、今日だって、デートなんかに誘って」

「……それは、アタシ、守くんが……」

「円樹先輩は、本当に僕のことが好きなんですか?」


 守くんの真っ直ぐな問いに、言葉が詰まって返せない。


「――それは本当に、『恋』ですか?」


 疑いの言葉に、アタシの心は揺れ動く。


 ――この気持ちは『恋』か。


 そんなことを聞かれても、アタシはハッキリと答えられない。だってアタシは、今まで『恋』をしたことがなくて。


 だけれど守くんに対しては、間違いなく特別な感情を抱いていて。


「……アタシ、は――」

「円樹先輩、あなたはもっとほかに、素敵な人がいるはずです」


 ……なんで、どうして、守くんはそんなことを言うの? せっかくのデートなのに、さっきまで楽しんでいたのに、どうして突然、そんな突き放すような言葉をかけるの?


「……ま、守くんは」


 勝手に震える声。


「アタシのこと、嫌いなの?」


 守くんは目を逸らして答えてくれない。


「……それとも、アタシのこと好き?」


 守くんは下唇を噛んだ。目も合わせてくれないまま、アタシにただこう言い返す。


「……円樹先輩は、『恋』を勘違いしているだけですよ。だから、これを最後に――」


 守くんはそこまで言いかけて、止まった。


「……っ」


 ――なぜなら、アタシが守くんの口を塞いでやったから。


 何秒間、そうしていただろう。いや、意外と、ほんの一瞬だったのかもしれない。だけれど、アタシにとっては、それは深く長いキスだった。


 唇を離し、アタシは守くんの瞳を見据える。



「――これでも、アタシの『恋』を勘違いだなんていえる?」



 口ではそう言ってみせたけど、正直内心、何してるんだろうって、ひどく焦っていた。でも、そんな気持ちも上回るくらいの――今までに感じたことのないほどの高揚感が、アタシを満たしていた。


 呼吸の荒らさが鼓膜に響く。

 それはアタシのものか、守くんのものか、それともお互いのものか――そんなの、わからない。


 アタシは守くんの出方をじっと待つ。


 守くんはしばらく呆然としていたが、突然動き出しアタシの肩を掴んだ。


「……っ」


 そのまま、アタシはもう一度彼からキスをされた。


 それから、至近距離で互いに見つめ合うアタシたち。


 身体が熱っぽい。クラクラする。意識が薄ぼんやりする。


 それなのに、彼だけの鼓動は、彼からの感覚は、やけにハッキリと伝わって……。


「……もう、帰らないと」


 先に口を開いたのは守くんだった。


「帰らないと、門限が、あるから……」


 フラフラと立ち上がる守くん。アタシは守くんの手を掴み引き止めたけれど、守くんにその手を振り払われてしまう。


「……守くん」

「本当にごめんなさい。僕、これ以上先輩を傷つけられません」

「……アタシ、別に傷ついてないよ」


 そう答えると、守くんは悲しげに微笑んでそのまま外へ出ていってしまった。


 部屋に取り残されたアタシ。テーブルの上を見れば、いつの間にかお金が残されていた。


 ――それはきっちり、二人分の料金だった。


(……こんなときでも律儀、だなぁ……)


 アタシはどうにも歌う気分にはなれず、そのあと15分ほどその場に滞在してから、カラオケ店をあとにした。

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