最低の姉

 ――「まもるとは、特に何もしていないわよね?」


 お母さんの言葉が、深く深く胸に食いこんだまま離れない。


 昨晩は結局、食事が喉を通らなくて、そのまま自室に引きこもっていた。


 あれから、お母さんとは口を聞いていない。

 今朝も、何も言わずに家を出てきたくらいだ。


「――あ。まどか、おはよー」


 教室へ入ると、早速優子ゆうこが話しかけてきた。流れるように、「……で、昨日はお楽しみだったの?」と、ニヤついた顔で聞いてきたが、アタシはすぐに答えられず、目を逸らしてしまった。


「……円?」


 そんなアタシの態度に違和感があったのだろう。優子は心配そうにこちらの顔を覗き込んできた。


 このまま優子に心配かけさせちゃうようではダメだ、とアタシは自分を叱りつけて、すぐに優子に作り笑顔を向け、「そりゃあもう、楽しいデートだったよ〜」と話しつつ、自分の席についた。


「へぇ〜。進展はあったって感じ?」


 優子に言われて、思わずアタシの手は止まる。


「……何? まさか円――」


 アタシはそう答え、優子の言葉を遮った。


 言ってから、少し言葉が強かったかもしれないと思い、慌てて優子の目を見た。

 優子は驚いていたようだったけれど、すぐに笑みを浮かべて、「そうよねぇ、そんなすぐにないわよねぇ」と言って、アタシに背を向けた。


 アタシは、ぶっきらぼうな物言いをしてしまったことに罪悪感がありつつも、何も言い出すことができなかった。


(優子に話せたら、少しは楽になれるのかな)


 そんな思いが過ぎったけれど、アタシたちの問題に優子を付き合わせるなんて、優子にとって迷惑な話だろうし、気軽に話すことなんて……やっぱりできない。


 これは、の問題なのだから。


(……本当に、姉弟なのかな?)


 未だに信じられない。

 お母さんの冗談じゃないかって、疑っている自分がいる。


 だって、特に証拠も見せられているわけじゃないし……。


 ――そもそも、だ。


 守くんは、このことを知っているのだろうか。


 お父さんから何か聞かされていないのだろうか。もしくは、アタシと同じように何も聞かされていなくて、妹さんと二人兄妹だとして認識しているのかもしれない。


 ……いや、待って。


「……妹じゃなくて、アレは」


「何? 円なんか言った?」と優子が聞いてきたので、アタシは咄嗟に「なっ、なんでもない」と答えた。優子は怪訝そうにしながらも、また前へ向き直った。


 アタシは、再び守くんの妹のことを思い出す――のことを。


 アタシは、自分の小さいころの写真を知らない。

 お母さんから見せてもらう機会なんてなかっし、そもそもアタシ自身、自分の過去をあまり気にしたことはなかったから。


 でも、あそこに映っていたブロンドヘアーの少女は――もしかしたら、小さいころのアタシなんじゃ……。


 すぐに気づきそうなものなのに、アタシはずっと気づかず、呑気なことに守くんの言葉を鵜呑みにしていた。


(――守くんが、アタシを避けていた理由って……)


 守くんは、先にアタシたちの関係を知っていた?

 あの写真は、別れた姉の手がかりとして、常に持ち歩いていたものだと考えたら?


 守くんは、実の姉かもしれないアタシとの接し方で、ずっと悩んでいたとしたら?


 ――「まもるとは、特に何もしていないわよね?」


 リフレインのように、お母さんの声が脳内を響く。


(どうしよう、アタシ……)


 今になって、カラオケでのキスしてしまったことの罪悪感がアタシの中で膨らんでいく。

 だけれど、それ以上に――。


(『好きの気持ち』が、消えない)


 むしろ、それは大きくなるばかりだ。


『弟に手を出した最低の姉』――そんなこと、頭では理解しているのに、アタシの気持ちは、どうしても違う方向を向いてしまっている。


 ――もう一度、彼に触れたい。

 ――もう一度、彼と繋がりたい。


 この胸の高鳴りは、トキメキは、『恋』する気持ちは、全部、全部初めての経験で、尊くて、大切なもので。


(ああ、アタシ……)


 ――『恋』をするって、こんなにも抑えられない衝動なんて。


(……最低だ)


 なんでよりにもよって、弟なんかに『恋』しちゃったんだろ。

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