守られるだけの弟(2)
「――ダメだよぉ。丸腰の子相手に暴力なんて、さ」
後ろから見えた横顔は、学園一の美少女らしく、痛みに顔を歪めることなく、凛々しい笑みを浮かべていた。
「ちょっぴり聞こえちゃったんだけれど……なんかアタシたちのことで、
円樹円は頬を抑えていた手を離し、どんと構えた姿勢で彼らに言い放つ。
「――これはアタシと守くんの問題。第三者が口を挟むことじゃない。今後は、どうか口を突っ込まないでほしいかな」
彼らはみるみる顔を青ざめさせた。「円……樹先輩、お、俺は別に殴る、つもりじゃあ……」と、円樹円を殴った本人は特に、酷く動揺しているようだった。
そこへ「先生〜、こっちですー! なんかこっちのほうがヤバい気がして〜」と、声が聞こえた。
三人の内ひとりが、「ヤバ、先生来る……」と呟いたのをきっかけに、全員退散していく。
入れ替わるように現れたのは、赤いリボンを付けた少女――円樹円の親友の
「なんだ
――彼女の名字は『葛城』というのか、覚えておこう。
担任は気だるげな態度を見せていたが、円樹円を見るなり目の色を変え、「何があった!?」と駆け寄ってきた。
円樹円はすぐさま笑顔を作り、「ちょっと転んでしまっただけです」と答えた。担任は「しかし転んだにしては……」と言いながら、僕を疑うかのような視線を向ける。信用されてないな、僕。
「――守くんは、そんなアタシに手を差し伸べてくれたんです」
諦観していたところに、円樹円のフォローが入った。その言葉には若干怒りが孕んでいるようにも思えた。
(よく周りを観察してるんだな……)
改めて、円樹円はただの美少女ではないのだと知る。
彼女はただ外見がいいだけじゃない。気立てもよく、他人に気を遣える心優しい人なのだと。
担任はたじろぎながらも「そうか……ならいいんだが。円樹さんは、すぐに保健室で手当してもらうように」と言って、担任はこの場を去っていった。
優子――改め、葛城先輩は担任とすれ違うようにして、「円、大丈夫!?」と駆け寄り、心配そうに円樹円の手を握る。
「うん、大丈夫だよ。ちょっと叩かれちゃっただけだから」
「『ちょっと叩かれた』じゃないでしょ! 殴ったのはどいつよ!? わたしが殴り返してやる!」
「ダメだよ、優子。やり返したら、優子も同じになっちゃうよ」
円樹円は優子を宥め、優子も落ち着いたようだったが、今度は僕を睨みつけてきた。
「アンタもねぇ……! 円に迷惑かけたのわかってる!?」
「……すみません」
僕は頭を下げ、円樹円と改めて向かい合う。
「……円樹先輩、ごめんなさい、僕のために――」
「別に守くんのためとかじゃないよ。アタシが勝手に割り込んだだけ」
円樹円は続けてこう話す。
「気負わないでよね。アタシはただ先輩として……というか人として? 助けなきゃって思っただけだから」
――ああ、なんか悔しいなぁ。
この人はどこまでも真っ直ぐで、優しくて、強くて。
僕が持っていない物を全部持ってて。
僕も、円樹円を守れるような大きな男になりなかったな。
(これじゃあ……本当にただの、姉に守られるだけの弟じゃないか)
「――って、円は言ってるけど、円、本気でアンタのこと心配してたんだからね」
葛城先輩は念を押すかのようにそう切り出す。
「中庭で待ってたのに全然アンタ来なくって。円ったら、アンタに何かあったのかもって、アンタ探しに走っちゃって……! 大変だったわよ、まったく」
「優子もありがとね、先生呼んできてくれて」
「わたしは大したことしてないわ。……結局、円……怪我しちゃったし」
葛城は悲しげに眉を下げる。円樹円は「もーうっ! 優子気にしすぎ!」と、葛城先輩に抱きついていた。女子同士って、こんなに距離近く接するものなのか?
「……あれ。ってことは、今日の昼休み、葛城先輩も同行する予定だったんですか?」
「何よ、悪い?」
――しまった、思わず思ったことを口に出してしまった。
葛城先輩の視線を無視しつつ、「それよりも保健室、行きましょうか」と、話題を変える。葛城先輩もすぐにそっちへ興味が移ったようで、「そうね! 早く手当てしてもらいましょ!」と、円樹円の手を引いた。
「じゃあね転校生! ……あ、中庭にわたしたちのお弁当置きっぱなしだから、あとで保健室まで届けてよね!」
「ゆ、優子〜、守くんに行かせちゃ悪いよ〜」
円樹円は言うが、葛城先輩は聞く耳を持つ気はなさそうだ。
去り際に、円樹円は振り返って僕に手を振る。僕も手を振り返し、二人の背中を見送ってから、中庭へと移動することにした。
(今日もいっしょにお昼、食べれそうにないな)
今回は自分が蒔いた種だ。しかたないとは思いつつ、落胆している自分もいた。
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