近づく二人(2)

「じゃあさ、このままいっしょに帰ろうよ!」


 円樹円つぶらき まどかそう誘ってきたので、僕はまたここで拒否をしてもめんどうになりそうだと思い、了承することにした。


 帰り道。いつも歩く駅までのその道は、景色は何ひとつ変わらないはずなのに、隣に円樹円がいるというだけで、180度変わって新鮮に感じられた。


(しかし円樹円というのは、学園外でも目を引かれるんだな……)


 円樹円とすれ違う人々は、その美しさに必ず視線を奪われていた。円樹円は本人は気づいているのか、気づいていないのか……はたまた、慣れきったそれらの視線なんてもうどうでもよくなっているのか、周囲の反応を気に留める様子は一切ない。


 改めて思う――僕も同じ血が流れているはずなのに、と。


(……僕の美醜は、確実に父さん似だろうな)

「――アタシ、思うんだけどね。まもるくんって、前髪上げたりしたほうがいいと思うんだよね」


 突然僕の見た目の話になり、まさか僕の心境を読まれていたのかと疑い、「……はい?」と微妙な相槌を入れてしまった。


 円樹円はジロリと僕を睨み、「その反応……守くん、アタシの話、今まで適当に聞いてたでしょ」と注意されてしまった。


 目を逸らす僕に、「あー、やっぱり!」と円樹円は不満をぶつけたけれど、すぐにかわいらしく笑い声を立てはじめた。


 なぜ笑うのかわからず戸惑う僕に、円樹円はこう話す。


「やっぱり守くんは守くんだなーと思って」

「……はぁ」

「守くんだけだよ。アタシのこと、ちゃんと『アタシ』として対等に接してくれるの。……ほかの人ももちろんアタシと話してくれるんだけれど……なんか、アタシのこと、『ひとつ上の人』って感じで見る人ばかりなんだよね」


 ――『ひとつ上の人』、か。円樹円が言わんとすることはなんとなくわかる。


「……モテるってのも、悩みがあるもんですね」

「なにそれ嫌味〜? ……なんてね。ま、そういうわけなのよ」


 円樹円は自尊心も高いらしい。僕が産まれてくる前に、僕の自尊心はすべて円樹円に吸い取られたのかもしれない。


「――あ、でもでも、みんながみんなそうじゃないか。優子ゆうこだってアタシの親友で、アタシのことちゃんと見てくれるし、もちろん、お母さんだってそう!」


 その口振りは、本当に彼女らを大事に思っているのだと伝わってきた。

 特に、母さんは娘である円樹円のことを大切にしているようだし、安心だ。


(……母さんは、僕のことはどう思っているんだろう)


 ――いや、今考えるようなことじゃない。


 余計な感情を押し込んで、僕は再び円樹円との会話に意識を集中させる。


「優子さん……っていうのは、このあいだいっしょに教室掃除されていた、あの方ですか?」

「うん! 赤いリボンの飾りをいつも付けている、ボブの子って覚えといてね!」


 ――そうだな、僕は絶対忘れない。あの一件で彼女からの評価は最悪だろうし、半分目を付けられているかもしれない中で、今後も関わりたくないしな。


「その方は、今日はいっしょじゃないんですか?」

「うん。今日は優子、追試受けてるから。このあいだのテスト、ダメだったみたいでさ〜」


 なるほど、勉強は得意なほうではないみたいだな。


「だからね、今日はずっとギリギリまで優子に勉強教えてたの。再追試にならないことを祈るばかりだよ……」

「ああ、だから……」


 僕はそれで理解した。今日、円樹円が一日僕に会いに来なかったことを。


 ひとり納得していると、円樹円は怪訝そうに僕を見ていた。僕が首を傾げると、円樹円はこう言う。


「……? 『ああ、だから……』って、どういうこと?」


 円樹円に聞かれ、僕はハッとすると同時に、なんで声を洩らしてしまったのだと自分を責め立てた。


「守くん、顔赤いよ?」

「えっ!?」


 指摘され、自分の耳朶が妙に熱っぽいことに自覚を持った。

 僕が動揺したのを見てか、円樹円はイタズラっぽい笑みを浮かべ、僕の顔を覗き込んできた。


「どうしたの? ひとり勝手に真っ赤になって……アタシのかわいさに、あとになって気づいちゃった?」

「違いますっ! なんでもありません!」

「なんでもないリアクションかなぁ? さ、正直にお姉さんに言ってごらん?」

「……ッ!」


『お姉さんに言ってごらん?』――このセリフは、僕に非常に応える。


 あくまで黙秘を貫く態度を示すと、円樹円は僕の耳元に唇を近づけた。


「――『御大地守みおおじ まもるはシスコンです』って、みんなに知られたいのかなぁ?」


 そんな悪魔の囁きに、僕はいよいよ降参した。


(……クソっ。この弱味、いつまで擦りつづけるつもりだ……!)


 文句も言えず、言い訳も思いつかず……僕は渋々口を開く。


「……。……先輩は……いつも、会いに来て……くれるのに、今日は放課後まで顔を合わせること、なかったから……。その、そういう理由、なんだなっ……って」


 ――なんなんだ、この異様な羞恥心!


 下を向き目を瞑る僕。もうこれだけで心臓はバクバクで、ひたすら顔が熱い。


 しかし、数秒経っても何も言ってこない円樹円を不思議に思い僕は顔を上げると、なぜだか円樹円は両手で顔を覆い、耳を真っ赤にしていた。


「……先輩?」

「〜〜〜〜〜っ!」


 声にならない声を上げる円樹円。

 それから、円樹円は顔を隠したまま話す。


「守くん、かわいすぎて……!」

「なっ……! かわいいなんて、やめてください!」

「これからもガンガン会いに行くね!」

「来なくていいです!」


 ――ああ、困ったな。


 不本意なのに。

 円樹円との距離が、一気に近づいてしまった。

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