近づく二人(1)

「せん……ぱい」


 ――関わるなって言ったのに、どうして円樹円つぶらき まどかはまた僕の前に姿を現すんだ。


 もう、僕から離れていくものだと思っていたのに。


 ……ヤバい。

 相変わらずかわいい。

 一瞬でも気を緩めたら、全部顔に出てしまいそうだ。


 自分の血の繋がった姉なのに、一度抱いてしまった下心は、なかなか払拭できないものだと、改めて自覚させられる。


「……なんでまた僕の前に……。関わらないほうがいいって、言ったじゃないですか」


 僕は望んでもいない悪態をつく。

 円樹円は少しだけ悲しそうに眉を下げたけれど、また得意の笑顔を作ってみせた。


まもるくんに関わるか関わらないかはアタシが決める。守くんがアタシを避ける理由を話すか決めるのを、守くん自身が決めるようにね」


 円樹円はそう言って、釘を刺すような視線を向けた。


(こればっかりは反論できない)


 僕は肩を落とし、「……で、僕になんの用事ですか」と聞いた。


 円樹円は「用事がないと話しかけちゃいけない?」などと答えたが、僕が睨みを返したのを見てだろうか、ムッと頬を膨らませた。


「実は、守くんにお願いしたいことがあってきたの」

「……お願い?」


 円樹円は頷き、スカートのポケットからスマホを取り出した。


「――連絡先、交換してください」


 円樹円は画面にQRコードを映し、僕に突き出してきた。


「……僕、RAINレインやってませんから」

「絶対ウソ! RAINレイン入れてない高校生なんてこの世にいないよ! ってか、この画面見てすぐRAINレインってわかる時点で、RAINレインやってるでしょ!」


 何回RAINレインを連呼するんだ……って、今の嘘はさすがに無理があったか。


「実は僕、スマホ忘れまして」

「それもウソでしょ! スマホ忘れる高校生なんてこの世にいないよ!」

「なんですか、さっきからその『〇〇なになにする高校生なんてこの世にいない』シリーズは……」


 そんなやり取りのあと、円樹円は突然、僕のズボンのポケットに手を突っ込んできた。


「ひゃいっ!?」


 予想だにしなかった円樹円の行動に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


 円樹円は僕の尻ポケットまで手を這わすと、お目当ての物を見つけたかしたり顔を浮かべ、ポケットから僕のスマホを取り上げた。


「ちょっと……返してください!」

「アタシ、最近わかってきたの! 守くんには、グイグイいくのがいいかもしれないって!」

「全然よくないです! 返してください!」


 ――それに……マズイ。僕の待受画面は、円樹円の写真にしているのだ。


 そんなものを見られてしまっては、僕らの関係はいよいよ……。


「ありゃ?」


 僕の制止の行動も虚しく、円樹円は僕のスマホのロック画面を見てしまった。


 まじまじとそれを眺める円樹円。


(お……終わった……)


 事情を説明するにしても、僕の初恋のきっかけとなった、幼いころの円樹円の写真をロック画面にしている時点で、ドン引きものだろう。


「あの……それは……」


 僕が言葉を濁していると、円樹円はロック画面を見せながらこう言ってきた。


「この子誰?」


 ……。

 …………ん?


「……え?」

「だから、この子誰かなって」


 ――もしかして、円樹円はここに映っているのが自分自身だと気づいていない?


 しかし、そんなことがあるのか? ……母さんから昔の写真を見せてもらったことがないからとか、そういった理由からなのだろうか。


 自分自身なら気づきそうなものだが……過去の自分を覚えていなければ、割と自分のことがわからない可能性もあるのかもしれない。


 何はともあれ、これは九死に一生のチャンスだ。ここは適当な言い訳を作るしかないだろう。


「この子はその……僕のい……妹です」


 ――とは言ったものの、これは言い訳として大丈夫なのだろうか。


 僕がシスコン野郎だと彼女に思われてしまうのではないだろうか――いや、シスコンなのは事実だが――まあ、これで僕から距離を取ってくれれば、それはそれは御の字……か。


 内心そんな心配を連ねる僕だったが、一方の円樹円は、あっさりと僕の言い訳を信じてくれたようだった。


「そうなんだ! 待受にするくらい、妹想いなんだね」


 円樹円は僕を疑いもせず、軽蔑することもなく、理解してくれた。


 ありがたい反面、僕が本当に想っているのは、目の前にいる自分の姉だと、罪悪感を感じてしまう。


 とりあえず、今は一難去ったことに安堵することにしよう。


「じゃ、ここはアタシの名にかけて、連絡先交換してもらうからね」

「なんですか、先輩の名にかけてって……」

「そんな細かいこと気にしない! それじゃあ守くん、先輩命令だよ。スマホのパスコード解除して」

「……嫌です。先輩命令なんて、パワハラですよ。早くスマホ返してください」

「――開けてくれなかったら、守くんが妹を待受画面にするほどのシスコンだって言い触らしちゃおっかな〜?」


 円樹円はそう言ってニヤリと笑った。初めて見るその不敵な笑みにドキッとしつつも、同時にパワハラではなく今度は脅迫が始まり、僕は頭を抱えてしまう。


(……円樹円め。僕が突き放せば突き放すほど、我を通し距離を詰めてくる……!)


 ここはもう諦めるしかない。

 大体、僕も連絡先を教えたくないわけじゃない……ただ意地になってしまっているだけだ。


 そうだ。このくらいはまったく問題ないだろう。


「……わかりました。連絡先、教えます」

「ほんとにぃ!? まさかこんなに上手くいくなんて、アタシすっごくうれしい! ありがとう!」


 円樹円は本当に喜んでいるようで、はキラキラ輝いて、頬を紅潮させていた。


(やっぱり、おとうとは姉に勝てないな)


 そう思うと、少しだけ口元が緩んでしまった。

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