二節:恋の攻防・後攻→『御大地守』
他人の『形』への憧れ
――「――アタシは、
あのときは平静を努めたつもりだが、上手く返答できていただろうか。
週が明ければ、もう彼女の言葉も新鮮味が薄れて気にしなくなるだろうと高を括っていたが、僕の気持ちは全然収まりようがなかった。
……それにしても、未だに夢なんじゃないかと疑ってしまう。だって、ずっと想っていた相手から、「好き」なんて言葉をもらえるなんて……簡単に信じられるわけがない。
――だが、円樹円が僕に向ける気持ちが本当に『恋』だとするのなら、僕は彼女に、僕と同じ『罪』を背負わせたことになる。
僕が早く打ち明けていれば、円樹円は僕に『恋』を抱かずに済んだはずで。
だけれど、伝えなかった未来が、僕が何よりも望むものになっていて。
正直、この現実に興奮しているのは確かで。
(……重病だ)
僕は、僕に対してそう思う。
(それにしても今日、円樹円は僕のところに来なかったな)
ふと、そんなことを思う。最近は必ず一日に一回は円樹円に話しかけられていから、今日は一切何も話しかけてこなかったことに、僕は少しだけ寂しさを感じていた。
(……まあ、あんなこと言っちゃったもんな)
――「僕に関わるな」って。
さすがにあんなに言われちゃ、円樹円も僕に愛想を尽かすだろう――自分が勇気を出して告白したあとに言われれば、なおさら。
(これでいいんだ。むしろ僕は、告白を聞けてお釣りが来たくらいなんだから)
そう自分に言い聞かせながら、夕日の射し込む廊下を歩いていると、
「――あの……好きです! 付き合ってください!」
――不意に、そんな声が聞こえてきた。
僕は気づかれないように、コッソリと廊下の曲がり角の先を覗き見た。
そこには二人の男女がいた。女子のほうが顔を真っ赤にして、男子に右手を差し出していた。
男子のほうも顔を赤らめて、照れた様子ながらも女子の手を握り返す。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
女子は顔を上げ、緊張の糸が途切れたのか涙を流しはじめた。そんな女子を男子は優しく抱きかかえ、互いを愛おしいそうに見つめ合い、二人だけの世界がそこに広がっていた。
(……カップル成立、か。めでたいことだな)
――僕も、ああやってなんのしがらみも感じず、あのとき告白の返事ができていたら、僕の学園生活はどう変わっていたのだろう。
(そんな『もしも』のこと、考えたってムダか)
そう思い直し、カップルとすれ違わないように別の道から帰ろうと踵を返そうとしたときだった。
「わぁ……初めて生で付き合うトコ、見てしまいました……!」
と、背後から声がしたのだ。
「……っ!?」
僕は驚いて振り向き、素早く数歩距離を取る。
そこにいたのは、お下げスタイルに丸いメガネをかけた、一見して地味そうな女子だった。
――アレ? そういえばこの子、見覚えがあるぞ。確か……。
「ごめんなさい……急に驚かせてしまって。わたしも帰ろうとしていたところでして、偶然にもあの現場を見てしまって、思わず見守っていてしまってたんです」
僕が黙ってしまっているせいか、彼女は続けてこう話す。
「……あ、わたし、
――そうだ、思い出した。彼女は僕のクラスメイトだ。
あんまり話さないものだから、危うく忘れかけていた。
「……ああ」
「なんかちょっと気まずいですよね。ただわたしたちは、帰ろうとしただけなのに」
「そうだな。二人の邪魔をするわけにもいかないし、僕は遠回りして帰るよ」
「そうですね。わたしもそうします」
僕が歩き出すと、北千種さんも僕の隣を並行して歩んだ。
これはこれで非常に気まずい。こういうとき、何か話を振ったほうがいいのだろうか。しかし、話題というのも僕には何もない。
そんな僕の心境を察したのか、北千種さんは、
「特にわたしのことは気にかけなくていいですよ。わたしも雑談というのは苦手ですから」
と、言ってくれた。
おかげで僕の気も楽になり、昇降口まで気を揉むことなく辿り着けた。
僕らのクラスの下駄箱の前には、すでに見知らぬ男子が立っていた。ネクタイの色が青だから……二年生か。
北千種さんは先回りして、「この人、お兄ちゃんです。いつもいっしょに帰ってるの」と説明してくれた。
――兄妹、か。
「兄妹、仲良いんですね」
僕は適当な相槌をしながら思う――僕らも初めからこんな関係だったら、今ある悩みなんて味わうことはなかったのかもしれない……と。
今日の放課後は、何かしら思わされることばかりだ。
「それじゃあ、また明日ね」
北千種さんは手を振って、兄とともに去っていった。
僕も靴を履き替え、玄関を出る――しかし、そこでまたしても背後から声を掛けられた。
「――守くん!」
ああ。この声を聞けば、姿を見なくても誰だか一瞬でわかってしまう。
「よかった! 今日も会えた!」
――円樹円はそう言って、満面の笑みを浮かべた。
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