初心に戻って

「いっみがわからん! 『後悔』ってなんことよ!?」


 優子ゆうこはそう言って、ダン、とテーブルを叩いた。


「優子、シーっ! ここ、一応お店だから……!」


 アタシは優子を宥めるため、自分のところにあるフライドポテトを優子の口へ突っ込んだ。優子はモグモグとフライドポテトを咀嚼しつつも、まだ表情はムスッとしている。


「ってか、一回先輩のわたしを無視するとかさ、礼儀がなってないわよ!」

まもるくん、ちょっとそういうとこあるみたいだからね……」


 アタシは苦笑いを浮かべることしかできない。


「……優子の言うとおり、アタシもその『後悔』っていうのはよくわからない。守くんを好きになると、何かいけないことがあるのかな……」

「アイツ、実は裏社会の人間なんじゃない?」

「まさか、守くんに限ってそんな……! で、でも、守くんがどんな立場でもアタシは……」

「あーダメだ、恋する乙女は正常な判断ができないんだった」


 優子はやれやれと首を振り、ハンバーガーに齧りついた。


「なんかあの転校生見てると煮え切らないわ……。何かあるなら、ハッキリ言えっての」

「すごく言いづらいことなのかな……?」


 アタシたちがこうして話していても、守くんの思惑はまったくわかりそうにない。

 結局、本人の口から話してもらわない限りは、進展は難しそうだ。


「でも、守くんはさ……アタシのこと、完全に嫌いってわけじゃない、よね」


 優子はハンバーガーを咥えつつ、目をぱちくりさせた。


「だって今日、お弁当食べてくれたし……わざわざきれいにして返してくれたし。本当に嫌いな相手だったら、そんなことしないよね?」


 優子は渋々「まあ……そうね」と同意してくれた。


「ちょっとそれはうれしい……かも。まだ完全に嫌われてないんだと思ったら、安心したっていうか」


 アタシがそう話すと、優子の表情からは怒りは消えて、呆れが入っているような笑顔に変わった。


まどかは、本当に転校生のことが好きなのね」


 改めて言われると、なんだか恥ずかしさを感じた。


「……うん」


 もっと近づきたい。

 守くんのことを知りたい。


 そのためには……守くんの抱える事情を知らないといけない。


「……うぅ〜。でも、守くんってばすごいアタシと壁作ってるみたいだし、あんなこと言うなら、いっそ『あなたが嫌いです、近寄らないでください』みたいに言えばいいんだよ!」

「言われたら言われたで、円ってば一週間は落ち込み続けそう」

「……それは否定できない……たぶん、ずっと優子に慰めてもらいつづける」


それにしても、守くんはどういうつもりであんなことを言ったんだろう。


それを知るためには――。


「守くんに心を開いてもらわないと、何も話を聞けないよね……」


 そんなひとりごとを聞いていた優子は、ふと何か思い出したかのようにこんなことを話す。


「そういえばさ、円って、転校生の連絡先聞いてなくない?」

「……あ」


 言われてみれば確かに……アタシ、守くんの連絡先、一度も聞いたことがない。


 ――聞いたところですぐに教えてくれそうにはないけれど。


「そうよ、まずはやっぱりRAINレイン交換からしないと! 現代において、一番重要なことを見落としていたわ……!」


 優子のいうRAINレインとは、離れていても簡単にやり取りのできるメッセージアプリのこと。


(優子の言うとおり……学年が違い、校内で関わる機会が少ないこの状況にこそ、気軽に連絡できるようになるRAINレイン交換は、かなりの距離を縮めることができるツールになりうる……!)


 そうと決まれば、次なる目標は――


「よし。アタシ、守くんと連絡先交換……頑張ってみる!」


 ――守くんの連絡先を入手すること!


「……うぅ……いざ聞くって決めると緊張してきた……。優子の情報網とかで、守くんの連絡先持ってたりしない?」

「ないわよ。あと、連絡先はね、無闇矢鱈と洩らさないものなのよ」

「じょ、情報リテラシーがしっかりしている……!」


……だけれど、このくらいでへこたれてなるものですか。


「っていっても、連絡先交換ったって、円、成功する目処はあるの? めちゃくちゃ拒否ってきそうじゃん、あの転校生」

「それなら大丈夫。ひとつだけ……アタシに考えがあるから!」


守くんには、でいくしかない。


――初心に戻って、アタシらしく真っ直ぐに!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る