お弁当に想いを乗せて(4)

「おかえり、まどか! 転校生とはどうだっ……」


 教室へ戻ると、優子ゆうこは早速声をかけてくれたが、アタシの様子を見て何か察したか、言葉尻が萎んでいっていた。


 アタシは自分の席につき、次の授業の準備をし出す。優子はこれ以上何も追求してくることはなく、「……次、なんか急に小テストやるらしいよ」と、教えてくれた。


 とにかく、一旦彼のことは忘れよう。


 アタシはいつもの調子を意識して、優子の話を返す。


「えー、抜き打ちとか最悪じゃん」

「そうなのそうなの! ……ね、だから出そうなとこ、円教えてよ〜」

「まったく、普段から優子は復習してないから焦るのよ」

「だって勉強嫌なんだもーん!」


 アタシの調子に合わせて、優子も何事もなかったかのように接してくれた。おかげで、少しだけ心が軽くなる。



 その後も授業に集中しているうちに、気づけば放課後の時間を迎えていた。


 といっても、今日は掃除当番の日。すぐには帰れず、教室を掃除していかなければならない。


(なんか嫌なことが続くな……)


 ホウキを掃きながら、内心呟いた。


「……円ぁ、全然違う方向にゴミ飛ばしてますけどー」


 優子に言われたアタシはハッとする。

 掃除へ意識を戻すと、あろうことかアタシはチリトリを構える優子とは反対の方向へゴミを掃きつづけていた。


「ごめん優子。ボーッとしてた……」


 アタシは謝って、改めて床を掃き直し、チリトリへ向かってゴミを集めて入れた。


「……ねぇ、円。やっぱ、転校生とは上手くいかなかった感じ?」


 突然守くんの話題を出されて、アタシは慌てふためく。


「ゆ、優子……! 今ここでその話……!」

「大丈夫よ。今ここにいるのわたしたちだけだもん」


 言われて、アタシは周りを見回す。……確かに、今この場には優子とアタシしかいない。


 アタシは胸を撫で下ろしてから、「……うん」と答えた。


「お弁当、気に入ってもらえなかったの?」

「……ううん、それ以前の問題で」


 ザザ……と優子の持つチリトリが、一瞬だけ床に擦れ音を鳴らす。


「お昼いっしょにって誘ったんだけど、嫌なんだって。……だからアタシ、お弁当だけ置いてって離れたの」

「――なんで、アイツはそんなに円を拒否るのよ!?」


 優子は声を上げ、足を踏み鳴らしながら立ち上がった。


 その顔はとても怒っていて、優子はアタシの気持ちに寄り添ってくれているのだと伝わってきた。


「なんでそんなんか、円聞いたの?」

「聞いた……けれど、なんかアタシは悪くないとかで、守くん自身の事情だとかって……。今度は逆にね、守くんから、アタシがどうして守くんに関わるのかって聞かれちゃって」

「……それで?」


 優子に促されアタシは続きを答えようする最中、顔が熱くなるのを感じていた。


「い……勢いで、『好きです』って告白しちゃ……って」

「えぇ!?」


 優子の驚きの声が響いた。「で、転校生の返事は……?」と優子に問われ、アタシは俯くばかりだった。


「『転校生だから気を遣ってくれてるんですよね』って言われちゃった。アタシの気持ち、一ミリも伝わらなくて……」


 ああ、今思い出しただけで、あのときの恥ずかしさが蘇ってくる。

 もっと慎重に、告白もタイミングを選ぶべきだったのに、アタシったら勢いのまま……。


 もっとほかの言い訳だって、考えられたかもしれないのに。


「……ハッキリしない奴ね、転校生って」


 優子は吐き捨てるようにそう呟いてから、アタシに微笑みかけながら、アタシの頭をそっと撫でてくれた。


「円はよく想いを伝えたよ。円の想いは100パーセント伝わらなかったのかもしれないけど、一歩踏み出した円はすごいよ――頑張ったね」


 優子の言葉が、じんわりと心に染み込んでいく。

 撫でられてなんだか心地よくって、さっきまでのネガティブな感情が薄れて、今度は自信が湧いてくる。


 優子が幼なじみで……親友でよかった。


 そんな安心から、アタシは優子の胸に飛び込んでいた。


「優子お母さん大好き〜!」

「お母さんいうな〜」


 アタシたちは二人顔を見合せて笑った。


 そのときだった。「――あの」と、そんな笑い声の間に、ひとりの声が割り込んできたのだ。


 アタシたちはその声の主へ視線を向ける。


 扉の前に立っていたのは、お弁当箱を持った守くんだった。


「……守、くん」


 アタシが放心した隙に、優子はアタシからそっと身体を離して、守くんに詰め寄った。


「噂の転校生じゃない。アンタ、円のこと避けてるらしいけど、どうして――」

「お弁当箱を返しに来ました」


 守くんは優子を無視し、横を通り過ぎて教室の中へ踏み込んできた。


 空気がピリつく。


 だけれど、守くんはこんな状況お構いなしな様子でアタシの前へ来ると、お弁当箱を差し出した。


 アタシは条件反射的に、渡されたお弁当箱を受け取る。


(――あ)


 アタシは気づく――お弁当箱が、ことに。


「お弁当、とてもおいしかったです」

「……!」

「……ごちそうさまでした」


 守くんはお礼を残して、教室を出ていこうとする。

 優子は「ちょっと! さっきのわたしの質問に答えなさい!」と呼び止めると、守くんは立ち止まった。


「……僕が先輩を避けるのは、僕の事情によるものです」


 アタシたちに背を向けたまま答える守くん。「だから、その事情ってなんなのよ!」と優子はさらに問い詰めたけれど、守くんは相変わらずその部分は答えてくれず、代わりにこう話を続ける。


「それは……今は言えません。だけれど、いつかは伝えないといけないと思っています」


 ――今は言えない事情って、守くんは何を抱えているんだろう。


 続けて守くんは、「でも、これだけはハッキリ伝えておきます」と前置きし、振り返ると、その冷たい視線を真っ直ぐとアタシへ向けた。



「僕と関わって後悔するのは――先輩のほうですから」



「後……悔……?」と、アタシはまた守くんの真意がわからないままに、守くんは立ち去ってしまった。


 守くんが完全に立ち去ってから、アタシはお弁当箱を開く。しっかり完食されていて、中は洗ってくれたのかきれいになっていた。


(……こんなの、ズルいよ)


 そこまで言うのなら、いっそのことハッキリ、守くんのほうから『嫌い』って、拒絶してくれたらいいのに。

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