お弁当に想いを乗せて(3)

 お昼休みは、意外にもあっという間にやって来てしまった。


「……な、なんか急にすごく緊張してきた……」

「何言ってんのよ! まどか、こないだまでグイグイいってたじゃない!」

「そ……そうなんだけど……!」


 つきさっきまでは自信があったけれど、これからまもるくんを誘って、お弁当を食べてもらって……と考え出したら、勝手に不安が募ってしまう。


 もし守くんにお弁当を気に入ってもらえなかったら?

 もし守くんに誘いを断られたら?

 もし……そもそも守くんが、お昼休み用事があっていなかったら?


 そんな『もしも』が、頭の中をグルグルと巡ってしまうのだ。


 そんなとき、優子に背中をトンと叩かれた。

 刹那、脳裏に過ぎる『不安』が一度霧散する。


「大丈夫。何があっても、わたしは円の味方だから」


 優子の頼もしい表情を見て、アタシの中にジワジワと安心感が広がっていく。


「結果がどうであれ、わたしがドンと受け止めてあげる!」


 優子はアタシの背中を押した。おかげで、アタシは守くんの元へ足を動かせるようになっていた。


 アタシは振り向き、優子に手を振ってから、小走りに守くんの元へと急いだ。




 ◇




 守くんのクラスメイトから話を聞き、アタシは中庭に訪れていた。


 果たして、そこに守くんはいた。

 ベンチに座り、ひとり本を読んでいるところだった。


「――守くん」


 アタシは後ろから、そんな守くんに話しかけた。


 守くんは少しだけ肩を揺らし、本を閉じながらこちらへ振り返った。


 守くんと対面して、改めて緊張が走る。


 アタシは平静になるよう努めながら、守くんの目の前へと移動し、早速誘いをかけてみる。


「あの……隣、いい?」

「嫌です」

「え!? 即答!?」


 あまりにも早い返答に、アタシはそんな反応をしてしまった。


 ――い、『嫌です』って……! アタシ、断られるなんてこと、今まで本当になかったのに……!


「そ、その! まずは話を聞いてくれないかな……?」

「……話って。僕に話をすることなんて、ないでしょう」

「あるよ! 大事な話……」

「大事な話なんて、ない」

「……っ、決めつけないでよ!」


 思わずアタシは声を荒らげてしまう。守くんは、少しだけ驚いた表情をしていた。


「……守くん、どうしてアタシを避けるの?」

「…………」

「アタシ、守くんに何かひどいこと、したかな?」

「…………」


 守くんは目を伏せ、答えようとしてくれない。

 一体、守くんは何を考えているんだろう。


「……守くん。黙ってちゃ、わからないよ」

「……すみません」


 ようやく紡がれた言葉は、意味もない謝罪だった。


「アタシが聞きたいのは、そんなひと言じゃない」


 守くんはまた押し黙ってしまった。


 守くんの意図が全然読めない。それなのに、アタシはどうしても守くんを気にかけてしまってしかたない。


「……僕が先輩を避けるのは」


 ようやく口を開いた守くんに、アタシは意識をすぐに向けた。


「――それは、僕の事情です。先輩は何ひとつ悪くありません」

「事情って、何?」


 アタシはなるべく冷静にそう投げかけたが、守くんは言葉を選んでいる様子だった。

 それに、時々歯を噛み締める守くんを見ていると、何かに苦しんでいるようで。


 アタシは一歩近づき、膝を曲げて守くんと視線を合わせようとした。


「……先輩はなんで僕に話しかけるんですか。前に言ったでしょう、僕と関わらないでほしいと」


 ――視線を合わせようとして、アタシは止まった。


 アタシは、守くんがアタシを避ける理由ばかり問い詰めてたけど、反対にアタシは、守くんに関わろうとする話をしていない。


 ……でも、理由を伝えるにしたって……。


(い、いきなり告白なんて心の準備が……!)


 だけれど、伝えなきゃきっと、守くんとずっとこのままの関係かもしれないし……。


「……あ、アタシ、は」


 ――心臓が口から飛び出そう……って、きっと今みたいな状態のことをいうんだわ。


 アタシは大きく息を吸って、落ち着きを取り戻しつつ、意を決してその言葉を口にした。



「――アタシは、守くんのこと好きだから!」



 守くんの瞳が大きく見開く。


 この瞬間、時が止まったような感じがした。

 自分の心音だけが、やけに耳にこびりついて、じっとりと手が汗ばんで。


 ぎゅっと目を瞑って、アタシは守くんが何か言ってくれるのをひたすら待った。


(ああどうしよう……やっぱり弁当持参な上に突然の告白とか、ドン引きかな……)


 実際はほんの数十秒の出来事だったんだろうけれど、アタシにとってはこの間がとてつもなく長いものに感じられた。


「……先輩」


 ようやく発せられた守くんの声にアタシは顔を上げ、守くんを見つめた。


 守くんは冷静な表情を浮かべていた。

 アタシの気持ちなんて、まるで響いていないみたいに。


「ありがとうございます。こんな僕に好意的に向き合ってくださって。僕が転校生だから、気にかけてくださってるんですよね」


 ――あ、あれ……? 気持ちが、響いてないどころか、伝わってすらない……?


「先輩が学園一思いやりのある方だとは聞いています。ですが、僕は大丈夫ですから」


 ――違う……! アタシは本気で守くんに『恋』してて……!


 反論をしようと思ったけれど、それよりもアタシの中で恥ずかしさが上回ってどうにもならない気持ちになり、気づけばお弁当を守くんの横に置いていた。


「今日、実は……お弁当作ってきてて。よかったら、これ食べてね」


 アタシは早口気味にそう言い残して、守くんの顔を見ることもできずに、足早に去った。


(ああ〜! 絶対タイミング間違えた! アタシってアホすぎる……!)


 どうか今日が夢であってほしいと、アタシは強く願うのだった。

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