第一章

一節:恋の攻防・先攻→『円樹円』

まずは挨拶から

 都立巡逢めぐりあい高等学園。


 ここには、全学年の注目を集める美少女がいた。


(ふふ、今日もみんなアタシに夢中ね!)


 ――そう、その美少女とはこのアタシ! 三年A組、円樹円つぶらき まどかのことよ! 


 みんなの視線はアタシがすべて奪っちゃうし、内面まで美しいアタシはみんなから尊敬されちゃうし。それだけに留まらず、成績優秀でみんなから崇められちゃうし。


 とにかくモテまくりで勝ちつづけてきたこの人生! 絶対無敵な円樹円! ……って、脳内で元気なフレーズを言ってみるけれど。


 唯一、わたしが振り向かせられない人であり、且つ、初めて好きになった人がいる。


 恋した人がいる。


 それが――


「守くん、おはよう」


 ――それが、御大地守みおおじ まもるくん。


 ちょうど上靴に履き替えていた守くんは、気だるそうにこちらを見た。


 その瞬間、アタシは守くんと目が合う。


(ああ、やっぱりアタシはこのが好きだ)


 守くんを見ていると、何か特別なものを感じずにはいられない。


(アタシ、やっぱり守くんに恋してるんだわ)


 そんな自分の気持ちを確認していたら――守くんは挨拶を返さずに、さっさとこの場を離れようとしていた。


「あっ! ちょっと待ってよ!」


 アタシは慌てて守くんの手を取って、引き止めた。


 守くんは恐る恐るといった様子で振り向く。


 どうしてだかわからないけれど、守くんったら、本当にアタシのこと避けるのよね……でも、そう簡単には逃がしてあげないんだから。


 ――だってアタシ、守くんを振り向かせてみせるって決めたんだもの!


「もう、先輩が挨拶しているのに、無視っていうのはちょっと酷いんじゃない?」


 アタシは首を傾げながら、上目遣いを意識してそう伝えた。


(この仕草でほぼすべての男は落ちてきたわ……! さあ、守くんはどうかしら!?)


 そんな内心の目論見をひた隠しに、守くんの反応を待つ。


(……あ)


 ――嘘。

 守くん、少しだけ耳、赤くなってる……?


「……すみません」


 アタシがそんな守くんの横顔に見蕩れていると、そんな守くんの絞り出すような声が耳に届いた。


 同時に、守くんは掴まれている手を動かし、なんとかアタシから脱しようとしているようだった。


 ――このチャンス、逃しちゃダメ!


 アタシはそう直感し、より手を握る力を強くしてやって、守くんを真っ直ぐと見つめる。


 まだ行かせるわけにはいかない……行かせてはいけない。守くんから見えた少しの変化を、そう易々とのがしてなるものですか。


 だってアタシ、まだ守くんからのお返事、聞けてないもの。


「――あのさ、『すみません』じゃなくって」

「……じゃなくって?」


 守くんは戸惑っていた。アタシはひと言返事がほしくて、さらに守くんに詰め寄ってこう言う。


「お・は・よ・う!」


 守くんにやっとアタシの想いが伝わったのか、守くんは髪の毛を弄りつつも、


「……おはよう……ございます」


 と、挨拶を返してくれた。


 アタシは満足して、守くんの手を離す。

 ……本当は、もう少し握っていたい気持ちもあったけれど。


「そ。ちゃんと挨拶されたら、返さなきゃダメだよー」


 アタシはそう言って、守くんに手を振りながら先を歩いた。


 階段を登ると、踊り場には優子ゆうこの姿が。


 アタシは優子に「おはよう」と挨拶をすると、優子から返ってきたのは深いため息。


「……わたし今、まどかと転校生のやり取り見てたんだけど」

「うん、どうかな? ちょっとは距離、縮まったかな?」


 ウキウキで聞いたアタシだったが、優子の表情は晴れないままだった。


「……ありゃあダメでしょ。お節介焼きのお姉ちゃんみたい。そんなんじゃウザがられて、恋愛対象として見られないわよ」

「……え」


 朝から食らった優子の言葉に、アタシの心はズンと重く沈むのだった。

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