阻まれる懺悔

まもる、どうだった学校は?」


 家に帰りリビングへ入ると、珍しく父親が先にいた。

 いつもなら、まだ全然帰ってくる時間ではないはずなのに。


「……父さん、仕事は?」

「今日は早く上がれてね。……で、どうだったよ、新しい学校は」

「……別に。強いていうなら、四月の終わりごろに新しい学校へ転校とか、よくめんどうなことしてくれたなって感想しかない」

「悪かったって。ほら、今日は入学祝いと転校ご苦労様でしたってことで、寿司をとったんだ。これ食べて元気出してくれよ」


 そう言って父さんはテーブルの上を指した。そこには、大皿に並べられた寿司が置かれていた。


「二人にしてはなかなかの量だね」

「まあ、余ったらまた明日の夕飯にしちゃえばいいさ。大丈夫だろ、ひと晩くらい」


 そんなことよりご飯にしよう、と父さんに言われるがまま、僕は席に着いた。


「それじゃあ、食べようか」


 そう言って、父さんはまずビールを開けた。僕はまだ未成年なので、お酒ではなく麦茶をコップに注いでから、早速寿司を口の中へ放り込む。


「うまい」

「守はいつも卵から食べるよな」

「好きな物は最後まで取っておくタイプだから」


 そんな他愛のない会話を交わしつつ、僕らはテレビのバラエティ番組を観ながら夕飯の時間を過ごしていく。


「転校してからしばらく経つが、友達はできたか?」

「……別に」

「じゃあさ、好きな子とかできたか?」

「何が『じゃあさ』だよ、そんなすぐに好きな子なんてできるわけないだろ」


 好きな子なんてできていない。

 ……好きな子なら、いたけれど。


「……」


 ――言うべきだろうか、父さんに。

 円樹円つぶらき まどかが、転校先でいたことを。


 彼女は父さんにとっての娘でもあるし、もしいるというのなら、会いたいのかもしれないし……。


「……あのさ、父さん」


 ああ、このままいっしよに、円樹円に対するこの想いを吐き出せたら、どんなにスッキリするだろう。


 ……。


 ――ダメだ。この『恋』は、墓場まで持っていかなくっちゃあならない。


「……どうした?」


 黙り込んでしまった僕に、父さんは心配そうに話しかけてきた。


 ――やっぱりダメだ。今父さんに、円樹円のことを話せない。


 一度口に出してしまったら、余計なことまで話してしまいそうだ。


「ううん、なんでも。それより父さん、このいくら、食べないなら僕もらうから」


 僕は結局そう答え、父さんの近くに置いてあったいくらをひと口で食べてやった。


「あー! それ、父さんが最後に食べようと取っておいたやつなのにー!」


 父さんは涙目になりながら、がっくりと肩を落とした。思っていた以上にショックを受けてしまった父さんに対し、申し訳なくなってしまった僕は、自分のところにあった大トロをひとつ分けた。


 父さんの顔に笑顔が戻る。うん、父さんが単純な人でよかった。


(……母さんは、どんな人だったのかな)


 ふと、そんなことが脳裏に過ぎった。


 やはり、円樹円のような人なのだろうか。

 いや、逆か。円樹円が母さんに似ているのか……。


 ――ああ、また円樹円のことを考えてしまっている。


 早く忘れないと。今日の一件で、きっと彼女は僕のことを嫌いになったに決まっている。もう二度と、あんな好意的に話しかけてくることはないだろう。


 ――これでいい、はずなのに。


(……そう思うと、寂しい)


 父さんの単純なところは、どうやら僕に遺伝しなかったみたいだ。

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