もしかして:『 』

「な……なんで……?」


 彼が転校してから一週間。アタシはとにかく、彼を見かけるたびに話しかけてきた。




 ◇




 朝、彼を見かけたら、


「おはよう、転校生くん! 学校は慣れてきた?」

「…………」


 と、挨拶をしているのに無視されてしまうし。


 先生への提出物なのか、彼がクラスメイト分のノートを運んでいるのを見かけようものなら、


「わ、大丈夫? 重くない? アタシも半分持つのを手伝うよ」

「…………」


 と、親切な声掛けにも無視されてしまうし。


 昼休み、購買部でたまたま彼といっしょになって、さらに偶然にも同じ商品を手に取ろうとしてしまったら、


「あ、君もそのパン狙ってたんだ……。ううん、気にしないで。アタシはいらないから、君が食べて!」

「……いえ、先輩なんで。僕は別のにします」


 ってな具合に、パン渡されてそそくさと行ってしまうし。


 ――どうして!? いつもだったら、アタシを聖母を見るかのような眼差しを向けるか、一度遠慮はするけれど、そのあとのアタシのセリフ、「じゃあ、半分こしようか?」で、相手はノックアウトする流れなのに、どうして転校生くんはそんな冷たい反応なのよ!?


 ……放課後だって、


「あ! 転校生くんだ! あのさ、こないだあなたの名前聞けてなくて、よかったら……」

「…………」


 そうアタシが話しかけているのに、無視して帰っていくし……!




 ◇




「――どうして、彼はアタシのことを全然見てくれないの……!」

「おやおや、なんだかめちゃくちゃ苛立っておられるようですなぁ〜」


 屋上で頭を抱えるアタシに話しかけてきたのは、優子ゆうこだった。


「ほら、今日はお弁当作ってきたんだ。よかったらまどかもいっしょに食べましょ」

「……ありがと」


 優子はアタシの隣に座ると、かわいらしいお弁当を開けて広げた。

 優子は昔から料理が上手い。お弁当の中身はきれいに焼きあがった卵焼き、タコさんウインナーにおにぎりと、盛りだくさんだった。


「なんか円、最近すっごいあの転校生に話しかけてない?」

「……だって、あの子だけなんだもん。アタシに興味を示してくれないの」

「それだけ聞くと、相変わらず円って異次元な感じするわ。わたしらみたいな一般女子はねぇ、誰かから特別な目で見てもらえるほうが珍しいってのに」

「……」


 アタシはおにぎりを手に取って、ひと口かじりついた。どうやら中身は梅干しみたい。今の疲れきったアタシには、ちょうどいい。


「……ま。円も今まではたまたまみんなからモテていただけでさぁ。いくら学園一の美少女といえど、全人類からモテるというわけではないってことよ」

「うん、まあ……そうだよね。ちょっと自意識過剰だった……よね」

「まぁ、円みたいな環境にいたらそうなるのも頷けるけど」


 そう……よね。こんなことって初めてだから、なんだか彼に対して躍起になってしまったけれど……。


 でも、アタシはどうしても彼のことが――。


「――どうしても彼のことが気になるの?」


 アタシの内心を見透かしたような優子の言葉に、アタシは驚きを隠せず、思い切り顔を上げて反応してしまった。


「いや、それは、えっと……」

「円ぁ、顔真っ赤」


 優子に言われ、アタシは頬を抑えた――って、ほんとだ! アタシ、顔熱い!?


「……円、まさか彼のこと、好きなの?」

「えっ、すっ、好きっ!? あ、アタシが誰を!?」

「だから……その転校生のことよ」

「ちがっ、アタシはただ、彼がほかの人と見せる反応が違うのが気になって……」


 そう、アタシに対する態度の素っ気なさが気になるだけ。


 ……。

 …………いや、違うかも。


 アタシはずっと、彼が頭から離れないんだ。

 彼のあの瞳を見たときから、ずっと。


 あの日、彼を見たとき、何か特別なものを感じた瞬間がずっと心に染みついていて、忘れられなくて。


 ……あれ? もしかして、アタシ……。


「……優子」

「……何?」

「……彼を初めて見たときから、彼のことが忘れられないの。頭から離れないの。常に彼のことが気になってしかたないの」

「……うん」

「これって……」


 ――これって、もしかして。


「これって、『ひと目惚れ』ってこと?」

「……」

「――これが、『恋』をするってこと?」

「……さぁ?」


 ……あれ? なんか優子の反応が思ってたのと違う。


「……ち、違うの?」

「エスパーじゃないんだから、いくら円といえども、他人の感情まではわからないわよ」


「……まあ、わたし的には」と、優子は続ける。


「ただ彼がいつもの円に対する反応と違うから、単純に気になっているだけかもしれないし、本当に彼に恋しているかもしれないし……まだどっちつかずなんじゃないかなって思うわね」

「……なるほど」


 アタシのこの感情は、まだ『恋』と呼ぶには早計というわけね。


 ……難しいな、『恋』って。


「……あ、そうそう。その転校生のことなんだけど、なんていう子か聞いた?」

「ううん。名前聞いても、答えてもらえなかったから」

「そっか。じゃあ、アタシの情報網で得た彼についてのことを教えてあげよう」


 得意げに話す優子だけれど、一体なんの情報網なんだろう……まあいいか。


「彼は一年A組所属で、出席番号33番。名前は――御大地守みおおじ まもる


 ――御大地守。


 守くん、か。


「……守くん」


 口に出すと、なんだか胸の奥がくすぐったい。


 こんな気持ちになるの、アタシは初めてだった。


 ――もう一度だけ話しかけてみよう。


 アタシは、最後にそう決意したのだった。

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