二節:『円樹円』の恋

学園一の美少女は恋を知らない(1)

 都立巡逢めぐりあい高等学園。


 ここには、全学年から注目を集めるひとりの美少女がいた。


(ふふ、今日もみんなアタシに夢中ね!)


 ――そう、その美少女とはこのアタシ! 三年A組、円樹円つぶらき まどかのことよ! 


 みんなの視線はアタシがすべて奪っちゃうし、内面まで美しいアタシはみんなから尊敬されちゃうし。それだけに留まらず、成績優秀でみんなから崇められちゃうし。


 とにかくモテまくりで勝ちつづけてきたこの人生! 絶対無敵な円樹円! ……って、脳内で元気なフレーズを言ってみるけれど。


 でも、そんなアタシにも唯一足りないものがある。


 ――いえ、足りないというよりも……アタシがまだ、できていないこと。


 アタシはモテる。それは間違いない……だけれど、


 だってみんな、おんなじ反応しかしない見せてくれないんだもん。


 アタシが道を歩ければ、みんなは一様に同じ視線を向ける。

 アタシが話しかければ、みんなは好意的な笑顔を返してくれる。

 アタシが何か困っていれば、みんなは手を差し伸べてくれる。


 うれしいし、ありがたいことだと思うけれど……だからといって、相手に興味を持つことはない。


 みんなはどこか、そんなアタシに対して一線引いて、対応しているように感じてしまうから。


(アタシだって、当たり前に誰かを好きになりたいのに)


 ――少女漫画を読んでいると、いつも憧れるのは王子様ではなく、『恋』を楽しむ少女だった。


(アタシもいつか、心躍るような『恋』をしたい)


 アタシに唯一欠けている、自発的な他者への感情。

 

(どうやったら、人を好きになれるんだろう……)


「――ねぇ円、知ってる? 今日転校生が来るんだって」


 突然そう話しかけてきたのは、同じクラスメイトでもある、アタシの昔からの幼なじみ――優子ゆうこだった。


 頭に大きなリボンの飾りを付けているのが、優子の昔からのトレードマークだ。丸っこい顔立ちをしていて、とってもかわいらしい子なの。


「転校生?」

「うん! ま、アタシらにはあんまり関係ないんだけどね、一年生だし」

「なぁんだ、ウチのクラスに来るわけじゃないのね」


 にしても、入学式の一週間後に転校生、か。もう少し早く来れたら、みんなと同じスタートを切れたのに。


 ……なんか中途半端ね。


「転校生、男の子らしいよ? あーあ、きっとまたソイツも円の虜になっちゃうのね……」

「それは否定しないかな。だって、アタシってかわいすぎるみたいだし」

「まったく、アンタって本当……ただ、そのとおりなんだけどね」


 優子は言って、教室の扉のほうへ視線を向けた。

 アタシも釣られてそちらを見る――そこには、何人かの男子がコッソリとこちらを覗いていた。


 ネクタイの色を見るに、一年生ね。


「円ぁ。アンタもう一年生もたぶらかしたの?」

「その言い方やめてよ。別にたぶらかしてなんかない。ただ校内を案内してあげただけ」

「案内してあげただけで、ねぇ……」


 優子はため息をついて、アタシを見つめた。


「アタシらももう受験の年なんだからさ、いい加減、男の子誘惑しまくるのはやめてよね」

「だからぁ、誘惑とか別にしてないって」


 ――そう、誘惑なんてしていない。勝手に向こうから好きになってるだけ。


 ……。

 ……アタシだって。


「アタシだって、好きになられるより、誰かを好きになってみたい……」

「? 何か言った?」

「……ううん、なんにも。それよりさ、放課後カラオケでも行かない? 久々に歌いまくりたい気分なんだ」

「っ! いいね! 今日はカラオケデイじゃ〜!」


 ……しかし、転校生か。

 どんな子なのかは、ひと目見ておこうかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る