燃え尽きた①

今回の案件は人命にかかわる可能性もあり、できるだけ早急の解決が望まれるので、私達には必要に応じて出席停止の許可が下りた。ただ対策チームの方は、校内にいる間は生徒たちの安全は保障されていると判断したらしく、特段授業を休む必要がなかったから、七聖先輩、大翔先輩、真白、茉吏の四人は夏期講座に出席するみたい。”くそまじめな大翔先輩が休暇を許さなかった”と嘆いたメッセージが真白から届いてたから。




ということで、AM5:00とかいう法外な時間に生徒会室に集まったのは、凛太朗先輩と愁先輩、そして私の三役トリオだけだった。

朝早くで頭が回ってないため何も言えずにただ座っている私の向こうで、ちょーーーー不機嫌な(それでも元からの美しさは拭えない)顔をして足を組みパイプ椅子に座る愁先輩は、制服に皴一つない凛太朗先輩を見て分かりやすく眉をひそめた。


「おい。」

「何?」

「…何でこんなに早いんだ?」

凛太朗先輩に何か考えがあることは経験上分かる。ちゃんと正当性があって今、この時間に私達が呼ばれているってこともまぁ分かる。

でも今回ばっかりは愁先輩の味方につかせていただこう。

乙女をこんなに早く呼びつけちゃだめでしょう⁈メイクはしないといけないし(私はしていないけど。不器用すぎてできません)、髪の毛だってケアが必要だし(私はいつも通り頭のてっぺんでぐって縛るだけだけど)、女の子には準備が沢山必要なんだから(なんて言いつつ、起きてから30分以内に家を出られる自信はある。着替えて顔洗ってご飯食べて歯磨くだけだもん。結局眠いだけなのは内緒)‼

「そうですよ、今からしないと授業休んでも間に合わないくらいの大仕事なんでしょ…」


ふいに言葉に詰まってしまう。凛太朗先輩のいつもの癖…両手の指を組み合わせて肘をつき、その上に顎を置くあれ。普段は全く気にならないのに、たった今、それが視界に入った瞬間、なぜかひどく意識してしまって。指と、先輩に目を合わせられない。体温が上がるのが体感でわかる。いやだ、私…


昨日の帰り道がフラッシュバックする。あの時確かに、あの指と私のそれが…




「何、果子。」

凛太朗先輩の余裕そうな声が聞こえる。隣から覗いてくるその瞳は”面白いものを見つけた”というように怪しげな光を纏って輝いていた。この人、私をからかってやがる…。手を出したい気分でさえあるのに、恐ろしいくらいに体から力が抜けてしまって抵抗のしようがない。

たった一回、しかも戯れで手を握っただけなのに、あの乾いた硬い感触が脳裏に焼き付いて、焦げ付くような痛みを放っている。先輩の、やけに”別に気にしてませんよ”みたいな余裕げなところが嫌だ。私だけ子供みたい。


「何妙な空気出してるんだ」

愁先輩のさらに不機嫌になった声で現実に戻ってきた。そうだ、私、少なくとも今日一日はこの二人と行動しなくちゃいけないんだった。

なんとも言えないみょーな雰囲気の凛太朗先輩、そしてどうやら朝が弱いらしくウルトラご機嫌斜めな愁先輩と…地獄かい。

愁先輩は私の方を見ていた凛太朗先輩の肩をぐっと掴んでそちらを向かせる。二人の綺麗なお顔や荒々しい動作も相まって、情熱的な二人組ってかんじ。

そして愁先輩は凛太朗先輩をさらに自分の方に引き寄せて、耳元に唇を寄せた。

…きゃー、なんかやばそう。何て言うんだっけ、えー、びー(自主規制)みたいっ。顔綺麗だと映えるんだなー。


「…するなよ」

こそこそ話のようで、こちらには全然声が聞こえない。だけどそれを聞いた凛太朗先輩は面白そうにくすっと笑うと、逆に愁先輩の懐に体を寄せて、耳打ちをした。

「…した?」

それを聞いた愁先輩は無言で凛太朗先輩の体を押した。心なしか耳がちょっと赤くなっていて、大人びた切れ長の瞳がぐっと子供っぽく見える。会話さえ聞いていなかったら、びー(自主規制)漫画のワンシーンみたい。もしかしたら私、邪魔者かも。帰っちゃおうかなー。二度寝もできるし。


「果子?」

そろそろと足音を立てずに扉から出ようとした私に声をかけてくるのは凛太朗先輩。ちぇっ、見つかっちゃったよー。ふてくされて席に戻る私に、先輩はまた余裕げに笑うけど、もう緊張なんてしないもん。思いっきりそっぽを向いてやる。


「先輩は私なんかより愁先輩のほうがいいんでしょ。」

「何の話⁈」「昨日何したんだよっ」


見事に被った二人に、私は冷たい目を向けた。

「お仕事しないなら帰りますよ。」

もう一回謎の争いを始めようとしたのを目で殺す。この二人、普段はすごく大人びてるのに、妙なところで子供ガキっぽいんだよなぁ。




「気を取り直して、と。」

「誰が言ってるんですか、もう。」

朝日が昇りつつあった幻想的な風景はとうの昔に過ぎ去って、忘れかけていた夏の暴力的な日光が大きな窓から降り注いでいた。昨日のどきどきは跡形もなくなくなっている。このままじゃ先輩のこと子供ガキって呼んじゃいそう。


「昨日、あれから家に帰って、情報を集めてみた。」

たまに文句を言いたくなることもある凛太朗先輩だけど、やることはやるのがこの人。いろんな方向にアンテナを張っていることもあって、情報戦も得意分野だ。

「他の三人はともかく、軽音の大野くん、橋田くん、元木くんはネットで何か情報がないかなと思って、SNSの捨てアカでそれっぽい人達に絡んでみたんだ。」

「…それはライト方向か?それともダーク方向?」

「もちろん両方の線だよ。」

愁先輩が口を挟む。私だって言いたいことは容易に分かった。

彼らが純粋な被害者か?ということ。学校―――理事会としては、失踪者を被害者として扱わなければメンツが立たないけれど、私達生徒会としては、まず彼らが被害に遭っているのか、それとも何の事件にも巻き込まれておらず、ただ”迷惑な青春”をしているだけなのか、はたまた事件を起こす側で、今はその準備期間で行方をくらましているだけなのか、それを突き止めないといけない。先輩は昨日、”迷惑な青春”なんて言葉を使ったけれど、そうであるかどうかというのは、結構重要な問題だ。もちろん、そうであることに越したことはないけれど。

「で、その結果なんだけど、結論だけ言うと、断定はできなかった。

ただ…」

「ただ?」

自然と声が出る。凛太朗先輩は携帯を取り出すと、そこにある画像を呼び起こした。

「何これ…」


それは壁に立てかけてあるギターケースの写真だった。カラフルなバッチやらステッカーやらが沢山ついていて、すごく派手。でも、そのすぐそばの床に、目立つ色合いのギターケースにはそぐわない何かが落ちていた。

…黒い、棒?ところどころほろほろと崩れ落ちている。見る限り、長さは手のひらより少し大きいくらい?

「これは橋田くんの親御さんからいただいた写真で、これは、失踪したことに気づいたとき、橋田君の部屋で見つけたものらしい。」

家に帰ってからのたった数時間で親までたどり着いて信頼を得、この写真をゲットした手腕はものすごい。だけどそれよりこの写真の異質さが際立ってどうしようもなかった。もしもこれが、橋田くんの…


「いやっ」

思わず声が出てしまった。こんな想像してはいけないとわかっているのに、一度思い浮かべてしまっただけで、囚われてしまう。

凛太朗先輩は素早く画面を落として、「ごめん」と謝った。

「俺もこれが送られてきたとき、正直びびったよ。」

「親はこれについて何て言ってるんだ?」

愁先輩の声だって、注意しないとわからないくらいだけど、少し震えている。


「”わからない、触れられない”と…。とりあえず今日は、橋田くんの家にアポ取ったから、行ってみようと思う。」

「え、先輩、本名言ったんですか。」

「情報は『信頼と等価交換』で成り立ってるからね。こちらが欲しいものがそれなりなら、まずは信頼してもらうことが重要だ。」

すごい、としか言いようがない。一歳年上なだけなのに、考え方、行動力、リーダーシップ、その全てに足元にも及ばないとしか言い表せない。


「で、」

さっきまで真剣だったのに、また不機嫌な声を出したのは愁先輩だった。私は凛太朗先輩に対して今、ちょっと畏敬の念を抱いているけど、愁先輩は違うらしい。

「どこかのお宅を伺うには、この時間は早くないか。」

確かに…。

ついさっきまで抱いていた畏敬の念が半分くらいに萎む。うーむ、言葉が出ない…。

じとっとした私達二人の視線に挟まれた凛太朗先輩は、えへっといった調子で頬をかいて、小さく一言、「気合入れたくて…」


「それだけ⁈」

「何だその理由は‼」

私達の大声に凛太朗先輩は小さくなって目を瞑る。そんな可愛い子ぶったって許さないから‼

「何なんですかもう…」

何の感想も出てこなくて天を仰ぐ。愁先輩に至ってはしゃきんと拳を出してぱきぱきと指を鳴らしていた。

「歯食いしばれ…」

徹底抗戦か、そう思ったけれど、凛太朗先輩はしおらしく手を振って「勘弁してよ」と言うだけだった。その様子に愁先輩も毒気を抜かれたらしく、「何時に行くんだ」と言って静かに拳を収めた。

「10時。だからいったん家に帰ってもらってもいいよ。」

ごめんね、と言った凛太朗先輩に対して、愁先輩は通った鼻筋を反らしてそっぽを向いただけだった。

「ここで寝る。9時半に起こせ。」

愁先輩だって、凛太朗先輩のことが嫌いなわけじゃない。だからその心境を察して、そんなことを言ったんだと思う。パイプ椅子に体重を預けて、長い足を組みつつ睡眠体勢に入ったあまのじゃくな愁先輩を見ていると、なんだか少し笑えた。

果子は?という視線を寄越す凛太朗先輩に、私は首を横に振って、そのあと指で机を指した。さすがに男の子ふたりの前で堂々と眠るわけにはいかないから、(溜めに溜めまくった)宿題でもやろうかな、というところだ。

それを見た凛太朗先輩は少し微笑んで、そのあと、机に突っ伏した。そりゃそうだ。きっと昨日も一晩中パソコンをいじっていたに違いない。今日、こんな時間に出てこられたのが不思議なくらいだ。

二人そろって眠っていると、その違いが分かる。姿勢からして、自分の力を信じて疑わない愁先輩、それに対して誰かの力を上手く借りることの多い凛太朗先輩。どちらともお互いに勝てないと思っている気がする。でもね、私は…

「どっちも、よく頑張ってる。」

そう思う。


凛太朗先輩を起こさないように、私は茉吏の席に移動してノートを開いた。そして、その内容を見たとたんに、勤勉な二人を起こしたくなった。…何言ってんのこれ…習ってないって…。


絶望に浸る私の横で、二人の先輩は深い眠りについている。あと2時間は起きなさそうだ。



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