episode 2

迷惑な青春①

「夏休みに集合なんて、絶対面白い話じゃないですよねぇ」

せっかくぴしゃっとした空気になったのに、それをいとも簡単にぶった切ったのは真白。当たり前のように袖まくりをした両腕を会議机の上に投げ出して、大翔先輩にぱしりと叩かれている。

苦笑いの凛太朗先輩は書類が沢山挟まれたクリップボードを取り出して、そのうちの一枚を取り上げた。

「まぁそうだね…決して楽しくはないと思う。茉吏、」

凛太朗先輩は茉吏に呼び掛けて、右手でペンで文字を書くような仕草をする。それを見た彼女はかすかに頷いて、議事録をとっているノートを広げた。


「今回も理事会から降ってきた話なんだけど、」

理事会、という単語を聞いた瞬間、茉吏以外の皆の顔がうぇ…といった表情になる。

この学校は、時の支配者だったある武士が幕府とは関係なく建てた学び舎がルーツになっていて、武術に特化した教育を施していたらしい。それは優秀な学校だったそうで、かなりの名門として名が通っていたとか。そのせいか、私立連城高校と名前を変えたあとも、うちには武術を身に着けた生徒が沢山入学してくる。さっきの金髪達みたいに、結構過激な奴もいたりいなかったり。かく言う私や他の生徒会メンバーも、それぞれ技を持っている。まぁ選挙がならそうならざるをえないしね。

で、そんな高校の理事会を構成するオトナ達は、かなりの心配性だ。例えば、他校で喧嘩が起きたら、うちの生徒が関わっていないかわざわざ私達に偵察に行かせたり。近隣で不審者が見つかったら、そいつが出てくる前に私達に討伐させたり。”どこで恨みを買っているか分からないから”、これが彼らの口癖だ。確かに、うちにはやんちゃものも多いとは思うけど…。大抵は取り越し苦労で、”なぁにやらされてんだろうなぁ”って億劫になるけれど、実は特別手当としてお金をもらえたり、生徒会特注の制服を着ることができたり、それなりに利権があって悪いことばっかりじゃない。


「二年の軽音部が学校に来ていないことは知ってる?」

凛太朗先輩は全体に向けてそう聞く。「あ、」と反応を示したのは真白。

「全員がそうなのかはわからないですけど、うちのクラスの大野おおのは、夏期講座に入ってから一回も来てないですね。」

「そう。それ以外に、同じ軽音部の橋田はしだくんと元木もときくんもここ一か月、学校に来ていないらしい。」

「まさか不登校に説得をしろってことか?」

早速愁先輩は不満そう。生徒会の中でも特に理事会のこと嫌いだもんね…。

「それならまだましかもしれない。この三人に加えて、あと三人、同じように夏頃から学校に来なくなった生徒がいるんだけど、


六人全員が、皆家にも戻っていないらしい。

要は失踪したんだよ。」


紙を机上に置いて、凛太朗先輩は綺麗な10本の指を組み合わせて肘をつく。その上に顎を添えて、静まり返った生徒会室を見回した。

「俺達に課せられた仕事は二つ。

1、これ以上失踪者が出ないように対策を講じること。

2、失踪した生徒の安否を確かめ、必要となれば救出すること。」


失踪、しかも6人も…これは明らかに事件性が高い…というか事件で間違いないよ…しかもそれだけ多くの人が巻き込まれているなら、組織的な犯行っていう線もある。ヤクザ…ならまだまし。もし海外系のマフィアだったら…。

他校との喧嘩に介入して生徒を助けろって言われて、凛太朗先輩と愁先輩と三人で40人を相手にしたことはあるけれど、それはあくまで素手だった。まだ刃物を持った人となら絡むことはよくあるけれど、それ、十中八九、誘拐だよね…銃とか持ってたらどうするつもりなんだろう。さすがに私達でも…


「正直、皆の予想通り、かなり危ない案件だと思う。だから、できないならできないで、ここから外れてもらっても構わない。」

他にもやることはたくさんあるしね、と凛太朗先輩は言う。でも俺はやる、とも。

「生徒会長として、ここの生徒が事件に巻き込まれているなら、できる限り助けに行かなきゃいけない。そのための生徒会だし。」


「俺も行く。」

そのあと、すぐにそう言ったのは大翔先輩。


「まぁ、一応クラスメイトなんで、俺も。」

顔の横で指をひらひらさせたのは真白。


「愁は?」

凛太朗先輩が聞くと、愁先輩はほんの少しだけ沈黙し、そのあと目をそらしてぼそっと言った。

「…別にびびってない。」

そんなこと言ったらちょっとびびってるのまるわかりじゃないですか…!可愛い、と喉元まで上がってきた言葉をそっと嚥下して、私も言った。


「私も行かせてください。」

そもそも、誰かたった一人でもこの案件に取り組むと決めた瞬間、私にはそれ以外の選択肢なんて残ってない、そんな当たり前のことに今気づいた。私にしかできない何か、それを買ってくれる人がいるから、ここにいられることを決して忘れてはいけない。


「じゃあ私も!」

「七聖先輩…大丈夫です…か?」

正直、一番断る可能性が高い人は七聖先輩だと思っていた。生徒会の活動に後ろ向きというわけじゃないけれど、理由がわからないままふらっと休むことが結構ある人だったから。でも、そんな懸念とは裏腹に、先輩は思うより明るい表情で微笑んでいた。

「可愛い後輩に一人じゃ行かせられないよ。」

それに文化祭での軽音部の演奏、とってもよかったし。軽い風に言うけれど、その瞳には真剣な空気があって、やっぱりいつもより緊張しているんだと気づく。それでも女の子が一人でもいてくれたほうが気は楽で、私は心の中でそっと手を合わせた。


「茉吏は?」

最後に、全員の視線が、ペンを動かしていた茉吏に集まる。当の本人はゆっくり顔を上げると、ほんの少し”何で皆こっちを見ているんだろう…”という調子で首をかしげて、返事を待たれていることに気づくと、なんてことないようにあっさりと頷いた。

「え…今回はちょっと危ない案件かもしれないよ?それでもいいの?」

あんまりにも簡単に了承するから、私は念を押すようにそんなことを言ってしまった。そうしたら今度は、さっきより強く、首を縦にこくんこくん。

「そっか…」

微妙に情けない声が出てしまったけれど、内心これほどないってくらい安心していた。一人じゃ怖いけど、皆がいてくれるなら、それだけで少し強くなれるから。


「じゃあ決まりだね。この案件、生徒会が責任を持って引き受けさせてもらおう。」

凛太朗先輩の言葉に、皆頷く。

「やるからには、白鷺の名にかけて、精一杯勤めを果たす。」

白鷺―――それは、生徒会だけに許された白い制服を着ている私達の二つ名。強く、気高く、美しく…他の武力集団とは違う信念を持って活動している私達にぴったりの名。

私はゆっくりと拳を握った。そしてそれを、静かに胸にあてた。




「今回は仕事が多いから、二手に分かれようと思う。」

凛太朗先輩は、また茉吏を促す。すると今度は黒板を使って、何かを書き始めた。

「さっきも言ったと思うけど、主な仕事は二つ。


1、これ以上失踪者が出ないように対策を講じること。

2、失踪した生徒の安否を確かめ、必要となれば救出すること。


これを遂行するのに七人で動くのは効率が悪いからね。」

言い終わると同時に、黒板に綺麗な字が書き込まれていた。①対策チーム、②実働チームと書かれている。

「どっちがいいとか、ある?」

うーんって感じで妙な沈黙が生徒会室に降りる。正直、ここにいる人は皆(私以外)頭がいいし(何なら凛太朗先輩は学年一位だし、おまけに愁先輩は二位だし)、運動能力は折り紙付きだし、適材適所だって言われても、長けてるところが多いここの人達にとっては逆に選ぶのが難しいんだろうな。こういうことを考えていると、パンが入った袋を持ち上げた理紗が頭に出てきて、『やっぱり睡眠学習じゃ駄目なのよ』と鼻で笑ってくる。…ふん、これでも頑張ってるの!

「果子?」

呼び掛けられてふと前を向いたら、険しい顔してるぞぉと七聖先輩が面白そうに言う。…理紗、私結構傷ついてるんだから!

「そんなに怖かったら、果子は対策チームに行けば…」


「いや、私は実働チームです。」

そこについて迷う必要はない。私が獲れる選択肢はこれだけだから。

「じゃあ俺も行こう。」

そう言ったのは凛太朗先輩。これは嬉しい。私はあまり飛び道具が得意じゃないから、先輩の忍者装備はありがたいんだ。

「…俺もそっちで。」

「えぇ?」

遠慮がちに愁先輩が言った瞬間、何故か嬉しそうに真白が微笑む。…この人はさっきから、一体何モードなの?ちょっかいばっかりかけてきて。

「何か文句か?」

「えへっ、あぁいやぁ、…青春だなって。」

「あぁ?」

何か図星だったのか、声を荒げる愁先輩。なんなんだ、もう。短気?カルシウム足りてないの?

「他に実働チーム希望している人、いる?」

「俺はこの構図で大賛成です…いたっ、愁先輩っ、足!」

「異論なし。」

「うん、だいじょう…ぶ。」

「七聖、本当に?」

微妙な反応をしたのは意外にも七聖先輩で、下を向いてちょっとだけ暗い表情をしている。凛太朗先輩が聞くと、すぐに気を取り直した風で首を横に振った。

「うん。大丈夫。茉吏もいいでしょ?」

投げるように話題を茉吏に飛ばす。黒板に私達実働チームの名前を書いていた茉吏は七聖先輩に対してゆっくりと頷いた。

「じゃあ決まりだ。それぞれリーダーは俺と大翔。対策チームの期限はおおよそ一週間で頼みたい。」

わかったと頷く大翔先輩を見て、凛太朗先輩も大きく頷き返した。

「今回は、結構厳しい状況だけど、いつも通りやればきっと大丈夫だ。」

生徒会全員の視線を受けて、気合を入れるように、しっかりした声で凛太朗先輩は言った。

「以上、解散。…健闘を祈る。」
















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