第8話 GBCテレビ『深夜徹底討論:藍光園事件について考える』

 「こんばんは、司会の柳瀬悠矢です。本日は5名の方にお集まり頂きました。まず障害当事者で、人権活動家の野崎進也さん」


「よろしくお願いします」


 野崎はカメラに向かって口を大きく動かしゆっくりと挨拶をした。


 司会は次に黒づくめの若い男を紹介する。


「大手通販サイト"J-style"を立ち上げ旋風を巻き起こしたITの革命児高坂アタルさん」


 無気力な顔の高坂が軽く頷く。


「記者の山神大知さん」


「よろしくお願いします」と山神は礼をした。


「社会福祉法人『えみの丘』理事長を務め、現在はNPOで障害者支援の活動をしている横田典子さん」


 横田は目尻に皺を寄せ「お願いします」と微笑んだ。


「最後に、評論家でジャーナリストの浅倉良太郎さん」


 貫禄のある白髪頭の浅倉は「よろしく」とふんぞりかえった。


 討論開始早々野崎が口火を切った。


「わし、何度か梶原と会うてん。あいつ反省なんかしてへんで。わしが『重度障害者にも心がないなんて、何で平気で言えるんや?』って聞いたらな、こうぬかしよってん。


『野崎さんは、こうして意思の疎通ができるじゃないですか。「テッド2」でも人形か人間かを区別するために、クマに自分の名前を言わせてる。それができない奴は人間じゃないです』って。


 アホか! 思たわ。心があるかないかなんて、それで判断できへんやろ? って。その後の話も堂々巡りでな……」


 野崎の話がひと段落するのを待って山神が話し始める。時折ちらちらと客席のほうを見ている。


「私にも自閉症の息子がいます。彼は表現するのが普通の子どもよりも苦手だというだけで、健常者と同じで気持ちの変化があり、色んなことを考えているのがよく分かるんです。


 一度梶原の裁判を傍聴しました。正に独演会でしたね。『働いている時、職員は皆重度障害者の介護に疲れ切っていた』『不幸をもたらすだけだから、この世に必要ないと思った』『彼らを殺せばみんな幸せになると思った』って。自分は大きな使命感を持って正しいことをしたと思い込んでいるわけです。


 裁判官も弁護士もマスコミも、彼の偏った論理をひけらかすのを誘導するための駒でしかなかった。それこそが梶原の狙いだったわけですよ、自分の中にある偏った障害者への認識を、世間に知らしめるためのね」


「あの笑ってる顔が映ったでしょう?」と浅倉が話に入る。ピチャピチャと音を立てて話す浅倉の唇の端には、泡が溜まっている。


「警察署から出てくる車の中でさ、ニヤってカメラに向かって笑ったじゃない? アレはね、もうキ○ガイの顔だったよね」


「その言葉は流石に不適切ですよ」と柳瀬がとりなす。


 次に横田が口を開く。


「被害者遺族の救済についても考えなければいけませんね。今回の事件で遺族の多くは被害者の実名を公表しませんでしたが、それが原因で世間から批判を浴びることになりました。家族を殺され『人間ではない』などと言われた挙句……」


「その実名報道の有無ってのも、アレだよね」と腕組みした高坂が飄々と言う。


「結局あの事件によって障害者の人権とか施設での扱いとか、職員の過酷な労働環境とかの問題が明らかになったわけじゃないですか」


「皮肉なことですがその他にも……」


 そこに浅倉が割って入る。


「日本は多くのことを税金で賄ってるんだよね。最近税上げもされたし、そんならいっそ国会議員の給料をカットして……」


 議題にあまり関係ない話に高坂が不機嫌そうに顔を顰め、横田が苦笑いし、「話を戻しましょ」と野崎が言う。


「言葉は時に諸刃の刃になりますよね」


 山神の発言の直後客席から一人の男が乱入した。目を血走らせた50代くらいの浮浪者風の男は、額に青筋を浮かばせカメラに向かって大声で叫び始めた。


「梶原充、お前は俺の大切な息子を……啓斗を殺した!! まだ20歳だった!! 俺はお前を許さない!! 重度障害者に心がないだと?! 心がないのはお前だ馬鹿野郎!! 俺はお前を殺す!! 殺してやる!!」


 唾を吐き散らし真っ赤な顔で叫ぶ男を、司会者もパネリストたちも、スタッフも他の観客たちも呆然と見つめていた。


「誰か彼を捕まえて!」


 司会者が叫び、スタッフと警備員数人が男を取り囲む。男は暴れながら叫び続ける。


「俺たちがどんなに啓斗を愛していたか、どんな思いで育てていたか誰にもわかりゃしねぇ!! どいつもこいつも何もできねーくせに、偉そうなことばっかぬかしやがって!! 


 梶原、お前こそ生きる価値はない!!


 殺された人たちがどんなに痛かったか、苦しんだか考えろ!!


 みんな人間だ……人間なんだよ!!


 俺はお前が死刑になる前に、絶対にお前をぶっ殺してやるからな!!」


 スタジオ奥のスクリーンに鼻水と涙を垂れ流す男の顔がアップになる。


「啓斗を返せ、息子を返せえぇぇ!!」


 憤怒に満ちた悲痛な声はその日、地上波に乗って日本中に響き渡った。


 インターネットのTwitterや掲示板には彼を揶揄する言葉もあったが、『おっさん頑張れ!』『私の家族も障害者です。犯人のことは絶対に許せない』『どうか思いとどまって』などの言葉で溢れていた。

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