第46話 罪と懺悔

40歳ともなれば、ショッキングないろんな出来事に遭遇ことが増えてくる。

しかも、ある日突然に。


「ただいま…」

寄り道をして帰宅した忍。

なんとなく気恥ずかしくて、親に顔を合わせづらい。

あまり部屋から出てこない父親だが、返事もない。

テレビの音は聞こえてくる。


寝てるか、テレビの音で聞こえないのかな


それも好都合と、お風呂に向かう。

シャワーで気分をスッキリさせ、自室に戻る。


ベッドで横になると、睡魔に襲われてきた。

隣に男の人がいるなんて初めてだったので熟睡できていないし、興奮して早朝目が覚めてしまったから、それも当然のこと。

慣れた自宅のベッドで、ぐっすりと眠りに落ちていった。


気がつくともう夕方だった。

朝昼食べていないので、さすがにお腹ペコペコだ。


お父さん、ちゃんと食事たべたかな?


朝食用にパンを用意しておいたが、昼食はどうしただろう?

簡単にカップ麺とかで済ますことが多いけど。


さすがに夜は何かちゃんと作ろう。


「お父さん、夜ご飯の買い物いってくるね。何かいる?」


シーン…


返事がない。


あれ


おかしいな


トイレかな?


「お父さん、いるの?」


ガラッと、襖を開ける。


するとそこには…


「お父さん!?」


青白い顔で、布団の上で倒れている父親の姿があった。


「お、お父さん!お父さん!? ねぇしっかりして!?」


どうしようどうしようどうしよう


えっと、きゅ、救急車っ


震える指で緊急ダイヤルを押す。


「あ、あの、自宅で父親が倒れていて…た、たすけてください!じゅ、住所は…」


しどろもどろで、なんとか伝える。


「お父さん…」


一体何があったの??


昨日家を出る時は、普通に元気そうに話してたのに


「お父さん…いやだ…ひとりにしないで…」


いつこんなことになったんだろう


朝私が帰った時声がしなかったのはもしかして…


あの時ちゃんと顔見ていれば、もしかして異変に気付けたのかもしれないのに…


父親の手を握るも、冷たい。


ゾクッ


背筋が凍る。


もしかしてこのまま…


お母さんみたいに…


言いようのない恐怖がこみ上げてくる。


しばらくすると救急車が到着したが、救急隊員が確認し、明らかに死亡していることが判明したため、警察が呼ばれた。


検視の結果は、心臓発作による突然死だった。

おそらく夜中トイレに立とうと起きた際心筋梗塞を発症、倒れたまま帰らぬ人となったようだ。

近所のかかりつけ医からも、不整脈があり心臓の薬を処方されていた。

「私、そんなの知らなかった…」

「きっとひとり娘さんに心配かけないように、黙っていたのかもしれないですね」

「そんなの水臭いよ、お父さん…」


父親は葬儀会社の互助会に入っていたため、連絡を入れる。

お悔やみを述べられたあと、係の人が来て、父親の遺体を葬儀会館の安置室に運んでいった。

忍は親戚や父親の知人に連絡を入れ、自分も身支度をする。


まるで天国と地獄

昨日は松木とデートで浮かれていたのに、

まさかその翌日

父親が亡くなるなんて。



一晩経ち

忍からの連絡を聞き、

さとこも咲希も駆けつけた。

葬儀会館の控室。

親族はまだ誰もいなかった。


「ありがとう、みんな来てくれて。親族みんな遠方だから来るの時間かかるみたいで。ふたりがいてくれてよかった。ひとりだと…心細くて…」

忍の手が小刻みに震え、喪服のスカートを握りしめている。

「当たり前だよ、私達はいつでも支え合っていくんだから。これまでも、これからも」

さとこの言葉に、咲希もうなづく。

「ふたりに…話したいことがあるの…」

忍は、土曜の夜のことをゆっくり、少しづつ、話していった。

「そっか…うちの店で食事してくれて、そのあと…」

「私、思いきって松木さんに猛アタックして。きっともう会うこともないと思って。絶対断られると思ってたけど、松木さん、私の気持ちに応えてくれて…。ほんとはだめだけどね、家庭ある人にそんな…だけど、松木さんに抱かれて、幸せだった。うれしかった。だけど、だけど…まさか好きな人に抱かれてる夜に、初めて男の人と過ごした夜に、まさかお父さんが…。私がそんなことしないでちゃんと家に帰ってたら、お父さんは助かったかもしれないのに…悔やんでも悔やみきれない…これは罰なのかな、好きになってはいけない人を好きになって、妻子ある人を欲しがってしまったから、だから…」


うー…


涙をこらえる忍を、ふたりは抱きしめた。

「そんなことないよ、自分を責めなくていいよ」

「さとこの言う通りだよ。おたがいが惹かれ合ってそういう関係になったのなら、もう大人なんだから周りがとやかく言うことでもないし。それに忍だけ責められるのはおかしいよ。彼も受け入れたんだからね。言うなれば男女同罪よ」

「ところで、松木さんに連絡は…」

ううん、と首を降る。

「もう関係のない人だから。それに、このことを知ったらきっと松木さん、責任を感じてしまう。そういう人だもん」

「いいの?それで」

コクン、とうなずく。

「最初から決めてたことだもん。これで最後、一度きりって。どこかでふんぎりつけないとね。深みにはまらず表面的にお友達関係続けることもできたかもしれないけど…職場も離れたあとそうやってズルズルしてても、未練が残るだけだし。きっとどんどん好きになっちゃうだろうから。そのほうが、傷はもっと深かったと思うよ」

「忍がそう決めたんなら、私達は何も口出ししないよ。昔から、その意思の強さは変わらないもんね」

「そうそう、ガンコとも言う」

ふふっと、やっと少し、3人に笑みがみえた。

「最後に、お父さんの顔、見てあげてくれるかな」


お通夜の会場。

棺の中に、忍の父親が眠っている。

永遠の眠りにつき、静かに横たわっている。

寡黙だけど、優しくて穏やかな父親。

あそびに行くと、さとこや咲希にも時々あいさつをしてくれた。

「忍をよろしく」

そう言っていたあの姿が忘れられない。


昨日まで生きて

元気にしていた人が

翌日には

亡くなっている。


人の一生は儚いもの


明日はどうなるかわからない


だからこそ、今日を大切に生きよう



そっと、手を合わせる。


「ごめんね、お父さん…苦しかったよね…ひとりで怖かったよね…こんな身勝手で親不孝な娘でごめんね…」

白い棺、父親の顔の近くでうずくまるように号泣する忍に、さとこも咲希もかける言葉がなく、ただ共に泣くことしかできなかった。

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