第44話 女は一生に一度の恋の大勝負を挑むことがある

「昨日は本当にすみませんでしたっ」


やっちまった


朝自宅のベッドで目を覚まし


あれ??


私なんでここにいるんだろう??


松木さんと夜の展望台で話してたはずなのに…


父親から

「送ってくれた人にお礼言っとけよ」

と言われ、なんとなく事情を理解した。


おそるおそる電話を入れる。

先方さんは普通にお仕事だ。


「あ、あの、昨日はすみません!ご迷惑をおかけしたみたいで…」

「全然かまわないよ。こちらこそ、遅くまでつきあわせてごめんね」


恥ずかしくて電話越しでも顔から火を吹きそう


「何かお詫びをさせてください…このままじゃ申し訳なくて…」

眠りこけた重たい自分を担いで家まで送ってもらい、そのうえ父親に事情説明までさせてしまい、このままじゃ立つ鳥跡を濁さないどころか、泥塗りっぱなしだ。

「そうだなぁ…それじゃあ」

松木の口から出たのは、思いがけない言葉だった。

「この前のふたりで食事のやり直ししようか。お友達もう元気になった?」

「はい、おかげさまで。今週からもう復帰しています」

「今度の土曜日お店席空いてるかな?19時頃でどうかな」

「確認して、また連絡いれますね」

咲希に電話すると、OKの返事。

『席予約できました』

『その日仕事なんで、直接店で待ち合わせしよう』


どうしようどうしようどうしよう

デートだデートだデートだ


服何着る??

メイクどんな感じがいいかな??

咲希、さとこ、私に力を貸してー!


そんなわけで、グループラインで相談。

もらったアドバイスを参考に、ネイルをしたり髪を切りに行ったり。

髪色も、少し明るめの茶色にしてみた。

次の仕事が始まるまで、思いがけず約2週間、空き時間ができた。

こうなったら贅沢に、自分のために時間をつかってみる。

履きなれない高めのハイヒールも、文字通り背伸びして買ってみた。

元々背が低めなので、これで少しでも松木の顔が近くなる。あ、いや別に、深い意味はありません、はい。

ハイヒールは、女に魔法をかける。

まるでシンデレラのように、自分がお姫様になったような気分になれる。



土曜日

夕方からそわそわ落ち着かない。

「お父さん、今日も送別会で、遅くなるかもしれないから」

「あぁ、気にせんでいいよ。何度もしてもらえてよかったな。楽しんでおいで」

送別会といえども、今日はあこがれの人とふたりきり。

実質デートみたいなものです。

相手が既婚者ゆえ若干親にうしろめたい気持ちを抱きながらも、ウキウキ気分で出かける。


ショーウィンドウに映る姿でメイクの確認。

よし、いつもより決まってる。

前髪を多めにしてアイメイクをくっきりすることで、かなり印象が変わる。


結構ごまかせるもんだな


写真を送ると、老後同盟チームもかわいいと言ってくれた。まぁあのふたりはいつもそう言ってくれるんだけど…


しかし今日は、言葉の魔法で自分に自信が持てた。


『ごめん、仕事が少し長引いてて、先にお店入っててください』

松木から連絡が入ったので、店内で待つことにする。

週末土曜日、お店はほどよく賑わっていた。


今日、松木さんと少しでも仲良くなれたら

その時は…思いきって…


忍の中で、大きな決意を抱いていた。


「遅くなってごめんねっ」

20時前になって、松木がやってきた。

「おっ、今日はなんだかいつもと雰囲気が違うね」

「そうですか??オフの日なんで、ちょっと変えてみました」

「よく似合ってるよ、すてきだ」

松木の言葉は、裏表がない。社交辞令でないことが伝わってくる。

今夜も楽しい時間だった。

おいしく食べて、軽く飲んで(悪酔い防止のため)とりとめのない話で盛り上がって、笑って。

あっという間に閉店時間となった。


「今夜もありがとうございました」

「こちらこそ、今日もおいしかったです。お身体、ご無理ないようにしてくださいね」


忍、あとはうまいことやんなよ!


目配せで伝わってくる、咲希のエール。


うまいことってなんなのよ


忍は苦笑い。


「咲希、またね。くれぐれも身体大事にね」

手を降って、店を出る。


一歩前にいる松木の背中をみながら、

忍は一大決心をしていた。


旅の恥はかき捨て

もう2度と、同じ職場で顔を合わすこともないんだから。


川沿いの遊歩道を歩き、忍は言った。

「あ、あの、松木さんっ」

「ん?なぁに」

「わ、私、松木さんのことが好きです!」


言った!


カー…


みるみる顔が赤く、熱を帯びるのがわかる。


振り向いた顔が驚いている。


そりゃそうだ。


いきなりの愛の告白。


「ご、ごめんなさい。こんなこと言われても困るのわかってるんですけど。今日しかチャンスはないと思って。結婚して子供もいらっしゃる松木さんだけど、だけど…自分の気持ちがもう抑えきれなくて。どんどん好きになっていくんですもん。大好きなんです、こんな気持ちになったのは初めてなんです。別につきあいたいとかこの先どうにかしたいとかは思ってません。松木さんの家庭をこわすつもりもありません。ただ、ただ…今夜一度きりでいいんです。私を…抱いてくれませんか」

「えっ!?」

「それでキッパリあきらめますから…恥ずかしい話、私この歳で処女なんです。このまま一生誰のことも好きにならず男の人を知らずに生きていくんだと思ってたけど…初めては本当に好きな人としたいんです。処女を捨てたいんです。どうかお願いしますっ」


言っちゃった、

言っちゃったよ!


突然こんなこと言われても困るよね。

松木さん、どうする??


そして忍の想いの行く末は??




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