第43話 恋の行方

大人になって便利なことは、多少の失敗は酒のせいにできることだ。

忍はこの車座り心地いいですねー、とか

どうでもいい話で沈黙から逃れていた。

「ちょっと、ドライブしようか」

「は、はいーっ」

またまた変な裏声で返事をしてしまい、

クックックッ…と松木の笑いを誘ってしまう。


あぁ恥ずかしい

心底消えてしまいたい


車は街の灯りから遠ざかり、山のほうへ。

どんどん暗くなり、すれ違う車も少なくなる。


どこへ行くんだろう…


人気のないところって…


まさか私、山奥で殺される!?

知らない間に恨まれるようなことしてた!?


どうしようどうしようどうしよう


普通こういう場合男女なら別のことを考えそうだが、

自分に女性としての魅力がなくチンチクリンだと思っている忍にはおそわれるとか一切そういう概念がなかった。

そのわりには妙な妄想癖が強い。


善人だと思ってた人が犯人だっていう展開は意外と多いし…

私ポロッとキャッシュカードの暗証番号教えたことなかったっけ??


忍さん、落ち着いて。

どう考えても、松木さんはそんなお金に困ってたりはしませんよ。


「着いたよ」


ドキーッ


外に出ると、そこは高台の展望台だった。

「わぁー、きれい…」

眼下に広がるのは、星のように輝く街の灯り。

そして空には…

「えっ、うそっ。オーロラ??」


今年全国各地でオーロラが観測されている。

この街でも、夜空に薄っすら赤いカーテンのような光がたなびいていた。

「やったぁ…もしかしたら見えるかなぁと思ってきてみたら…すごいや!見えたよっ」

普段クールな松木が夢中でスマホを空に向けている。


なんだ、天体観測に来たかっただけなのか


忍は、さっきまでの己の馬鹿な妄想を恥じた。

そして自分も動画や写真を撮りまくる。

「えーっ、すごい!奇跡キセキ!」

あとでさとこや咲希にも見せたげよう。

しばらくすると、夜空はいつもの色に移り変わっていった。

束の間の珍しい体験を共有できたことは、言いようのない幸福だった。


「ここさ、僕の秘密の場所なんだよ。落ちこんだ時とかここまで登ってきて、ぼーっと街の灯りをみてる。そしたらさ、あの灯りの数以上に暮らしている人達がいて、自分もその中のひとりで。あんなにちっぽけなものなら、今抱えてる悩みもちっちゃいんだなぁって思えて、気持ち楽になるんだ」

「…松木さんでも落ちこむことってあるんですか?」

仕事もできて家族もいて、何不自由ないようにみえる。

「そうだねぇ…前にも言ったけど家で居場所がなくて、妻からも子供からもキツいこと言われると結構へこんじゃうね」

「そんな…こんなやさしい旦那さんもお父さんもそうそういないと思うんですけど」

「やさしいだけっていうのがおもしろくないみたいだよ。もっと男らしい人物像を求めているんだろうね」

「それは松木さんの良さをわかってないんですっ。そのうえで自分達の理想を押しつけるなんてひどすぎますっ」

「はは、忍ちゃんは優しいね。ありがとう。なんだろう、忍ちゃんといると無理しなくていいっていうか、自然な僕でいられるんだ。だから弱音とかも出しちゃうのかな」


ははっ、と照れ笑いする姿に胸がキュンとして、思わず忍は松木を、抱きしめてしまった。


わわわわわわっ


私ったら何を!?


私の分際で!?


「す、すみませんっ。その変な意味じゃなくて!例えばそう!今の松木さんがまるでふるえて怯えている子犬のようで思わず抱きしめたくなって…すみませんっ、酔っぱらいのしたことだと思って明日の朝には忘れてください!」

とっさに離れはしたが、松木が付けている品のいい香水のかおりが頭にインプットされ、あの曲とともに踊るチョコプラのモノマネの姿が…。


やばい


変なもの思い出してしまった


♪キミとドルチェ&ガッバーナのその香水のせいだよ~


頭の中でダンスしてる


白いドレスの人が踊ってる



頭の中が


くるくるまわる


♪まわるーまーわるーよ時代はまわるー


今度は中島みゆき


あれってなかしまなのなかじまなの


どっちなんだーい


あれ


今度は中山キンニクンか



あー…



パワーって


バンバンバンバン言って…



バターンッ



「忍ちゃん!?」


やっぱり今日も


飲み過ぎちゃったね



興奮して


一気に酔いがまわって


バタン


「ガゴーッ…むにゃぁ…」


高いびきで眠ってしまった忍にあっけにとられながらも、思わず大笑い。

「あっはっはっは、ほんとおもしろくて退屈しないなぁ」

泣くほど笑ったあと、抱きかかえて車に乗せると、松木は竹内家まで送り届けた。



その頃咲希は、南井と秘密のデートを楽しんでいた。

客として店に訪れ食事とお酒を味わい、他の客も帰り営業終了後片付けを終えると、薄暗い店内でふたりで飲み直す。

体調を心配し遅くならないように配慮しながらも、束の間肩を寄せ合い、キスをし、見つめあいほほえみ合い、愛を確かめあう。

今の咲希には、南井しか見えていなかった。

都合のいいことに、病気のため今しばらく性行為はできないことも伝えてあるため、柴田が会いたがることもなくほどよく距離をおくことができた。

というか、エッチできないならデートもしないっていう彼氏はどうだかって話だが。

南井が知人をよく連れてきてくれるため、店の売上もよくその点は柴田も上機嫌だった。

この時咲希はまだ気づいていなかった。

南井との恋の行く手を阻む、冷たい視線が背後に迫っていることを。


いいなー!忍も咲希も幸せいっぱいで!

私にもわけてほしーい

なんで私には新しい恋のかけらのひとつもないわけ??


さとこからはそんな声が聞こえそうなくらい、恋に夢中なふたりです。


さとこさん、ふぁいと!


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