戦う理由
街灯の下、ハイウェイを走り抜ける。
とりあえず自宅に戻る為、俺は久しぶりに愛車のハンドルを握っていた。
アイカは怪我人である俺に運転してほしくなかったらしいが、怪我のことはもう何ともないし、何より一生懸命足を延ばして運転するアイカは可愛らしかったが、かなりひやひやしたからだ。
夜が深まるのと、道中で何台ものパトカーとすれ違った。
ここまで治安の悪い地域では無かったはずだが、『例の宣言』のせいか。
慣れない車に乗ってこの中をやってきたアイカには迷惑をかけた。この姉妹にはたくさんの借りを作ってしまった。
「お前の姉に会って来たよ」
「えっ、お姉ちゃんに……姉に? 」
「かしこまらなくてもいい
お前が手紙を出してなかったら、危うく俺はお星さまになっているところだった。
村に送った手紙だよ。
どうした、なんだその顔は? 」
助手席でアイカは縮こまって、顔を朱色に染めていた。
「そ、その、手紙を見られるということは大変恥ずかしいことでございます。
言い訳させて欲しいのですが……手紙の最後の方に書いた『かっこいい人』というのは、人として尊敬するという意味であって、決して不埒な意味では無いのです」
「……いや、そこのことは聞いてないんだが」
「あ、あぅ」
勝手に自爆したアイカは顔を真っ赤にして、必死に顔を背けていた。
成程、妹らしいな。
もっと見て居てやろうと思ったが、ハイウェイの向こうに何かが見えた。
「なんだあれ」
やたらと車高の低い車や、逆に車高を上げすぎた改造車たちがハイウェイを塞ぐように止まっていた。その周りには如何にもな輩たちがバットやゴルフクラブを持ってたむろしていた。
その内の一人が、メガホン片手に叫んだ。
<止まりやがれ、王都のクソ野郎!
てめぇらが馬鹿にした田舎者の強さ、見せてやるよ!
それが嫌なら、金を置いて行きな!>
「おいおい、世紀末か」
「ご、ご主人様」
俺は某世紀末映画のようで笑ってしまったが、アイカは怖がっていた。
仕方がない、英雄らしいところを見せてやるとするか。俺はさも連中の指示に従うように車を減速させる。
奴らは車を並べて道を封鎖しているつもりだが、隙間が空いていた。
車一台分通れるかの小さな隙間だが、時速800kmで渓谷を飛んでいた俺にとっては大きすぎるものだった。
連中が取り囲もうとしたところで、俺はアクセルが床につくほどに押し込んだ。
「うわっ」
「しっかり掴まってろよ! 」
凄まじい加速に驚き、取り囲もうとしていた連中は吹き飛んだ。
その隙に、僅かな隙間を強行突破する。
<舐めやがって! 追え! >
連中は慌てて車に乗り込み追いかけてこようとするが、600馬力以上のV12エンジンについ来れる筈もなく、あっという間にバックミラーから消えた。
「まぁ、こんなもんだ」
「ご主人様、前! 前! 」
次に現れたのは、大型トレーラーだった。
でかい図体を左右に振るようにして、俺の行く手を阻む。
足止めのつもりか、面白い。
速度を緩めることなく、俺はトレーラーに突っ込む。
アイカは事故を予感し、目をぎゅっと閉じ、頭を押さえていた。
しかし、何時まで経っても衝撃が来ず、おそるおそる目を開けた。
彼女は目を見開いた、先程までハイウェイを走っていたのに、よくわからない場所が広がっていたからだ。
「こ、ここは? 」
「トレーラーの下」
俺は車をトレーラーの真下に滑り込ました。
トレーラーの運転手も突然バックミラーから俺が消えたことに困惑し、蛇行をやめた。
その隙を狙って、俺はトレーラーの左につける。
運転手はこちらを見て、仰天していた。
「ほら、アイカ、手を振ってやれよ」
「え、えっ……さ、さようなら~」
「はっはっは! じゃあな! 」
煽り散らした後、もう用はないので、俺達はトレーラーを抜き去った。
アイカは終始目を見開いていたが、ようやく口元を抑えながら静かに、すぐに我慢できなくなってクスクスと笑いだした。
「じゃ、帰るぞ」
「はいっ」
成程、馬鹿馬鹿しく生きてるって言うのも、悪くないな。
◇
「本当に帰っていらして良かった。
ご主人様がいなければ、私は……」
家に帰り着いたとき、アイカはしみじみとこう呟いた。
俺は反射的に首を横に振った。
「お前みたいな出来たメイドなら、俺みたいなのが消えても、もっとましなご主人様が拾ってくれるよ。
……アイカ? 」
返事がないのでアイカの方を振り向くと、彼女は黙って、俯いていた。
しまった、悪い人間ばかりではないと言おうとしたのだが、両親を亡くしたアイカにとって失言だったかもしれない。
だが、俺が弁解する前に、アイカは勢いよく俺にぶつかって来た。
そして、細い腕に命一杯の力を込めて、俺に抱き着いて来た。
「ご主人様でなければ、駄目なのです……」
俺は腕を宙ぶらりんとしながら、困惑した。
「違うんだ。
俺は人殺しの傭兵だ、良い人間じゃない。
世の中にはもっと出来た人間がいるということを言いたかったんだ」
「いいえ、それは嘘です!
王都に連れて来られた私達を見る大人たちの眼は、人を見る目ではありませんでした。彼らは私達を見て、これはあれは金になる、金にならないなどと仕分けました。
お前はガスが充満した炭鉱に行け、貴族に使えろ、男の相手をしろと」
「アイカ、落ち着け」
「私達が嫌だと言ったら、彼らは不思議そうな顔をしました。
『共和国の血が混じっているというのに、
自分に人権があると思っているのかい?
この扱いが嫌なら、次の来世に期待したほうが良い』と。
誰一人、誰一人として人間と扱ってくれなかった。
貴方様以外は! 」
それは違うと否定出来なかった。
オスカーが行った宣言、笑い話となったハイウェイでの出来事だって、この国の人間の闇の深さを証明するものだった。
アイカは顔を俺の胸にうずめていて、表情は分からない。
ただ、声は泣いていた、嗚咽さえも漏らしていた。
きっと大粒の涙を流している。
「ご主人様、僭越ながらお願いがあります。
メイドが主人に何かを申し上げるなど、無礼極まりないことを承知の上でです」
「言ってみてくれ」
「戦わないでなどとは言いません、貴方の行いで多くの命が救われているのですから。
ただ、ご自身を大事にしてほしいのです、どうか。
自分の事を卑下するのは、お止めください。
私のことも、私の姉のことも、村の皆をも大切に扱って下さる貴方様が、ご自分のことをぞんざいに扱われているのを見ると、どうにかなってしまいそうなほど苦しいのです!
口うるさく思われるのでしたら、私の事を解雇して下さっても構いません。
ですから、どうか、ご自身のことを大事にしてください……! 」
その時、携帯が鳴った。
チラリと見えた画面は、少佐からの着信を示していた。
きっと、俺の帰還を知って、次の作戦を通達しに来たのだろう。
俺はその着信を拒否した。
その代わりに、開いた腕でアイカを抱きしめ返した。
本当に、危なっかしい位、小さな小さな体だった。
自分の過去を埋める為に、仮初の名声や金を集めて来た俺が愛とか、正義とかそういうのからかけ離れた人間だったというのは重々承知している。
それでも。
九割九分決まっていた決心が、今固まった。
俺は戦う理由を見つけた。
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