【4章エピローグ】岐路
翌朝、俺は早くに目が覚めた。
隣でまだ寝ているアイカに、ブランケットをかけてやる。
インナーに袖を通しながら、安らかな寝顔を眺める。
その時、部屋の隅に放り投げられていた携帯が震えていることに気づいた。画面を確認するまでもない、相手は少佐だった。
スヌーズにして無視していたが、昨晩から数えて5回以上は掛かってきている。
昨日の俺はことごとくそれを無視した。
目の前の存在よりも大事なことだとは思えなかったからだ。
だが、向き合わなければいけない時が来た。
「もしもし」
「8回目。
ようやく出てくれた」
「悪かった」
「気にしなくてもいいの、私が勝手に心配していただけだから」
イリス少佐はいつものような柔らかな口調をしている。
ミステリアスで魅力的な女性、俺は一度は彼女を虜にしたいと考えたこともある。
だが、今はそのミステリアスさが恐ろしかった。
「もう把握したかもしれないけど、共和国の卑劣な戦術において我が王国はかなりの被害を被った。誠に遺憾ではあるけれども、我が国はこの件に対し更に強力な軍事的報復をせざるを得ない。
共和国主要工業地帯に対して、大規模爆撃を実行する。
君にはその支援を」
「断る」
作戦内容を詳しく聞くまでもなかった。
誠に遺憾、報復という単語が聞こえた時点で、俺は決断していた。
「……どういう了見かしら? 」
少佐は静かに尋ねた、小さじ程度の動揺があったようにも聞こえたような、気のせいかも知れない。前に俺はこの女性を翻弄したいと考えていたが、この程度が限界か。
「悪いな。
でも、
「そんなことをする必要はない。
王都民かつ軍人であれば保険証で、治療費は最大7割負担されるわ」
俺はそれを聞いて、口角を上げた。
ライラに聞いててよかった。
「保険証、使えないんだよ」
俺は決め台詞のようにそう言い、電話を切った。
口喧嘩で勝てる相手ではないのは分かっている、長電話は時間の無駄だ。
着替えを済ませ、あとはジャケットを……あれ何処だ?
全く、締まらないと思いかけた時、ジャケットが後ろから被せられた。
「ご主人様」
「アイカ。
俺は……」
「いいのです、理由はおっしゃらなくても。
私の仕事はご主人様を見送り、その間、この家を守っていることです。
ですから、行ってらっしゃいませ」
アイカは澄み切った、にっこりとした笑みを浮かべた。
◇
「こちらアーカシャ空軍基地、当空域に接近中の機へ告げる!
そちらのフライトプランを確認していない。
無許可での空域侵入は許されない、速やかに進路を変更せよ! 」
王国空軍東軍区管理空域上空、俺はかつてのまたこの地の空を飛んでいた。
機体は王都国際空港から適当なDIG-29をかっぱらってきた。
整備士たちは許可がなければいけないと止めて来たが、俺は特務隊だ、英雄だ、退かなきゃ処分だぞと喚いて蹴散らしてきた。
「アーカシャ航空基地へ。
こちら特務隊所属、ジョン・クーパーだ」
「特務隊? 何故、こんなところに?
こちらは王都より何の作戦の予定も聞かされてはおりませんが……? 」
「特務隊は作戦の立案・実行の権限を持つ。
だから、いまから話す。
良く聞けよ」
俺は息を整えた。
これは俺自身への宣言でもある。
「孤高の地内の共和国軍の戦力の殲滅、空の障害を排除し、現地住民の安全を確保を実現する。
最終的には、孤高の地の恒久的な制空権の確保を、いや、奪還を目的とする。
これより、孤高の地解放作戦を開始する 」
俺にできる返済は、彼女達の空を返してやることだった。
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