6度目の帰還
怪我が治った俺は、孤高の地を去ることにした。
子供たちはわんわんと泣き、まとわりつかれた。
村長に礼を述べると、ニコニコと笑い、またおいでと言っていた。
ライラから後で聞いた話だが、少しボケが始まっているらしい。
朝方からライラの運転するバイクの後ろに乗っけてもらい、6時間近くかけて、山々を越えて王国の人里に戻って来た。
奇しくも此処は、以前俺が配属されていた東軍区アーカシャ空軍基地が位置する場所だった。
「じゃあ、お別れ……だね。
アイカによろしくね」
ライラは名残惜しそうにそう言った。
彼女の双眸にはうっすらと涙が滲んでいた。
気の利いたことを言おうとしたが、何も浮かんでこず、背を向けることしかできなかった。
が、とあることを思い出した。
「治療費」
「えっ、いいよ。
そんなつもりで助けた訳じゃないし、君のお陰で子供達も元気になった。私も」
「払わないといけないだろう、法律だ。
保険証は使えるか? 」
「ふふ、使えると思う?
自分で言ったんだからね、借金よ。
また来て、ちゃんと返しなさい 」
「保険がきかないなら、膨大な額だな。
頑張って返すとするよ」
「期待してる」
そして、俺は歩き出し、暫くの後、背後でバイクが走り出す音がした。
さっきのやりとり、ライラはジョークと受け取ったかもしれない。
しかし、俺はジョークのつもりなんてなかった。
俺の頭上を王国軍の戦闘機が飛んでいく、彼らは今日も今日とて此処の地へ向かっていく。
九割九分、俺の決心は決まっていた。
◇
俺は自分の足で、かつての
事情を説明すると、王都に迎えを寄こすように連絡してくれた。
一端の傭兵だった頃とは大違いの対応だ。
迎えとやらを待っている間、俺は基地内の待合室で備え付けられたTVを眺めていた。
一週間ほど、外の情報を知らなかった俺は何が起こったかをようやく知った。
王国軍は順調に進行していったものの、共和国の自爆攻撃に合い、大きく戦力を損失した。
更に共和国は、本来迎撃に使うミサイルを王国領内に撃ち込むと言った奇策を取り、反撃を開始した。
その結果、王国の幾つかの地域は占領されてしまったようだ。
TVは攻撃を受けた王国領を映していたが、画面が切り替わり王都の様子を映し出した。王都も激しい攻撃を受けたようだが、前線から迎撃ミサイルを取り上げていただけあって、ほぼ全てを防いだらしい。
この分なら、アイカも無事だろう。
だが、俺の安堵は画面に映った爽やかな男によりかき消された。
『……特務隊所属のオスカー特佐の発言が物議を醸しています』
映像の中でオスカーは、何時しかの俺のようにインタビューを受けていた。
一人の記者から質問が飛んだ、『我が国の領土が犯されている、何をしているんだ』と。
その質問に対して、オスカーは謝罪をするのでも、言い返すのでもなく、爽やかな笑みを浮かべてこう言い退けた。
『侵攻を受けた土地は、共和国に接している土地ばかりです。
それらの土地は戦争が始める前から生産性が悪く、学もない地域だった。
回りくどい言い方はやめましょう。
そこが焼けたところで、何も王国に不利益はない。
はっきり言って、私は護る価値を感じない』
「こいつ……」
怒りというより、俺は思わず困惑の声を上げてしまった。
インタビュー会場に居た人々もそう思ったようで、幾つかの怒号が上がる。
だが、オスカーは雄弁に語り続ける。
『自己責任ではありませんか?
彼らは向上心を捨て、怠惰に生活し、戦争の足音が聞こえて来ても、呑気に暮らしてきた。
そういう態度はこの王国の足を引っ張っている、GDPのデータを見ればわかる。
いざとなってから、慌てふためき、助けを求める、醜い!
彼等は被害者ぶっている。
しかし、本当の被害者は優秀なのにも関わらず、地方に足を引っ張られている王都ではありませんか? 』
『差別発言ではありませんか!? 」
『ほら、このように感情論でしか言い返せない。
それに差別主義者というのは、断じて違う。
私は王国の梟を敬愛していた 』
「は……? 」
『傭兵という立場ながら、彼は孤高の実力の持ち主だった。
死んでしまったことは悲劇だ。
そう、私は実力のあるものを愛している。
それは日々、王国の為に励み、高い生産性と啓蒙にあふれる王都に住まう人々の事だ!
そして、王国人であるというだけで、怠惰に生きながらえている人々を侮蔑する!』
オスカーの熱弁が終わると、なんと拍手が巻き上がった。
拍手をしているのは裕福そうな身なりをしている者達、王都に住む者達だろう。
逆に怒りの声を上げる者も出始め、会場が大混乱になったところで映像は終わった。
それは王都人から、それ以外に対する宣戦布告だった。
◇
迎えが来たとの知らせを受け、俺は基地の外へと出た。
街行く人々がどこか殺気だっていた。
此処も貧しい地域、オスカー曰く護る価値のない人々、彼等は戸惑い、そして怒りを感じているのだろう。
その時、重苦しい空気を切り裂くような爆音が、遠くから近づいて来た。
聞き覚えのあるこの音は、V12エンジン?
俺の前に現れたのは、俺の車だった。
その大きな車体から出て来たのは、あまりに華奢な少女だった。
「ご主人様、ご無事で……!
お体のご調子は、お怪我はありませんか?
あ、その、勝手にお車を使ったのは、申し訳」
「アイカ」
「は、はい? 」
「ただいま」
「……おかえりなさいませ、ご主人様」
アイカの双眸にはうっすらと涙が滲んでいた。
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