空を見上げて
「どうして、傭兵になったの? 」
俺の怪我が完治した日の夜、俺の腕の包帯を取りながら、ライラはそんなことを聞いて来た。
「君が宇宙飛行士になりたかったって言うのは、アイカからの手紙で知っているけど」
「俺はそんなことを喋った記憶はないんだが? 」
「お酒、やめたほうがいいんじゃない?
それで、もしよければ教えて欲しいな 」
実際の所、複雑といえば複雑だし、単純と言えば単純な理由だった。
元々戦闘機パイロットになったのは、宇宙飛行士の選考で有利になる為だった。
しかし、その時の両親はその道に反対し、お前にできる筈がないと猛反対した。
俺が戦闘機パイロットになった際は、両親は狼狽えた。
更に、先行に選ばれるパイロットは軍の中でも目立つ必要があり、その為に努力した結果の副産物として、
それを知った両親は押し黙ってしまった、俺はそれに快感を感じた。
反対・批判する者達を、実力で黙らせるのにハマったのだ。
親だけではなく、他のパイロットや上官なんかもその対象だった。
お前はビッグマウスだといわれば、模擬戦でそいつをボコボコにした。
お前は実戦で通用しないと言われれば、中東の戦地での作戦で戦果を上げた。
滅茶苦茶に嫌われたがな。
それで、俺が宇宙飛行士になり損ねた時、悪意のある誰かが言った。
所詮、お前はこの恵まれた国で、ちょっとした上澄みに居るだけ。
お互い互角の、本当の戦争ではお前は通用しないって。
「だから、俺はここに来た。
正義も主義も、クソもないよ」
俺を見るライラは悲しそうな眼をしていた。てっきり蔑まれるとでも思っていたが。
「ここに来て、戦って、それで君は満足できる場所まで来れたの? 」
「ああ。
俺はこの国の最底辺の傭兵から英雄まで上り詰めた。
大金だって手にしたし、地位だって手に入れた。
俺は今、満足して……」
しているか?
俺は堕とされた時、自分の半生を後悔していた気がする。
地位があるとは言ったが、オスカーらにはいいように使われ、見下されていた。
それ以外の者達も、堕とされた俺をこれまで通り英雄と扱うだろうか?
その程度で見放される男が、本当に英雄か?
英雄とはなんだ?
俺は何処までやればいい、いつまで続ければいい?
これ以上の何をすればいい?
言葉に詰まった俺を見て、ライラは柔らかな手のひらで俺の手を包むように握った。
「慰めなんて要らない。
パイロットっていうのは、下を向いている隙にやられるんだ。
上を見上げて、直ぐに舞い戻るだけだ」
「じゃあ、空を見上げにいこうか」
◇
真夜中、俺はライラに連れられて村の外に出た。
空は静かだった。
俺がこの地の上で戦っていた時は、夜間もドンパチしていたが、追加料金が出る通称『夜勤』だ。
しかし、戦線の拡大した今有能な人材は侵攻作戦に回され、今では夜間戦闘ができる人材はいないようだ。
何処に行くのかも分からないまま、俺はライラに尋ねる。
「お前達の両親は? あの子供たちの両親も」
「子供たちの親も、私たちの親は亡くなった。
二年前ぐらいに鳥インフルエンザが流行って、ね。
私も頑張ったけど、王国の人達は私達の足元を見て、薬を高値で売りつけて来てどうしようもなかった。
結局、救えたのは免疫が強かった子供達と、アイカぐらいだった」
「悪いのは、戦争と金の事にしか興味のない王国の連中だ。
あと、今の今までこの地を見放してきた共和国も
悪いのはお前じゃない」
「村の人達でさえ、私を責める人も居たのに。
アイカの言う通りだった、君は本当に優しい」
「いや、客観的な事実だ」
そんなこんなを話しながら、ただただ雪の降り積もる大地を歩き続ける。
かつてこの村が活気があった時でさえ、この気候では苦労していただろう。
此処を孤高の地と呼び称える彼らの気持ちだけは、どうしてもわからなかった。
やがて、ライラは何の変哲もないところで止まった。
「この辺でいいかな、座って。
空を見てみて」
俺は目を見開いた。
その夜空にはいくつもの星、おぼろげながら銀河さえもが瞬いていた。
邸宅の寝室でも星空は見える。
しかし、王都の一等地、周りの光にかき消されて、精々3等星がかすんで見える程度の光景だった。
だが、この孤高の地では何一つ星の光を妨げるものはなく、全ての星々のきらめきを見ることが出来た。
ようやく理解した、人々がこの地を崇めるわけだ。
圧倒されると同時に、何かを思い出した。
幼いことの記憶、まだ、両親が狂っていなかった頃。
俺は子供向けのアニメか、戦争映画に影響され、親の前で将来は軍人になって、敵の兵士をぶっ殺してやると英雄になってやると宣言したことがあった。
その時、両親は俺を呼び寄せて、ある英雄の話をした。
宇宙に初めて言った男の話だ。
合衆国のライバルである大国で生まれたその男は、人類初出始めて宇宙に飛び込んだ。
しかし、宇宙に到達したその男が発した言葉は祖国を誇る言葉でもなく、ライバルの国を煽るわけでもなく、『地球は青かった』との言葉を発した。
その男は世界中の人々に宇宙への希望と夢を与え、先を越された合衆国の人々さえも彼の憧れと尊敬を抱いた。
そして、今でも、誰もがその男を英雄と呼ぶ。
「そうか、俺は」
科学者の親という環境に流されたのではなく、自分から
そして、もう一つ。
俺の親は果たして完全に狂っていたのだろうか?
軍人になることを激しく非難していたのは、俺に挑戦を諦めさせる為だけではなく、壊れた精神の何処かで、俺の幼少期の頃の危うさを覚えていたからか?
もう、今となっては分からない。
隣で座り、空を眺めていたライラは、自分の身体を俺に預けて来た。
「君は誤解しているんだと思う、ジョン。
きっと、君の周りには、『王国の英雄』じゃなくて、君を必要としている人達がいるよ」
「……だが、俺の立ち振る舞いは今まで敵を作りすぎて来た、今更」
「過去はきっと報われるよ」
俺たち二人の間には、孤高の地を取り囲む山々から響くフクロウの声だけが静かに木霊していた。
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