逃走
俺はオスカーの真横を飛んでいたが、投下された爆弾を止める術はなかった。
クラスター爆弾、一つの爆弾に数百個の子弾を搭載する爆弾で、着弾直前で内部の小弾が散布・広範囲に散らばるという兵器だ。
それが民間人の集落の上空で弾けた。
炸裂した小弾は、先程のライフルを構えた男のみならず、空を見上げていた女・子供や何も知らない犬、そして多くの家屋を爆風で消し飛ばした。
「何をしている、オスカー……!? 」
「何って……敵を倒しただけだが?
上にも許可は取った」
「どう見ても、民間人だろう」
「武器を持っていたじゃないか。
……どうした、傭兵。スコアを稼がなくていいのか? 」
「反撃できない相手でスコアを稼ぐほど、俺はそこまで腐っちゃいない」
「ふん、傭兵なのに騎士を気取るのか」
俺はAACQモードと書かれたトグルスイッチをONの方に押し上げる。
IFFを介さなさい緊急用の攻撃モード、これならば、友軍機であってもロックオンすることが出来る。
しかし、俺の思考を読み取ったかのように、オスカーは機体を急減速させ、木の葉のように舞った。
そして、ふわりと俺の頭上のポジションにつき、機体を反転させて、俺のことをコックピットから見下ろした。
「私は君には同志になって欲しいのだよ」
「お断りだ」
その時、レーダーが警報を発した。
反応、友軍機、二機。
「お待たせしました、オスカー」
「時間ぴったりでしょー? 」
「来たか、ケベック、パーシー」
あの二人だった。
敵戦闘機の襲来に備えた予備部隊のはずだったが、彼らはフル爆装だった。
そして、躊躇することなく爆撃を開始した。
「下にパトロールカーを発見」
「あははっ、よりどりみどり」
彼等が放った爆弾は、地上で家屋を巻き込み真赤に燃え上がる。
ナパームを使ったのか、こいつら。
「オスカー、お前、最初からこうする気だったのか? 」
「まさか、人聞きの悪い。
成り行きさ。
でも、果たして彼らに生きる意味はあるのかい?
見たまえ。
こんな極寒で痩せた土地、誰が好んで住みたがる?
彼らは何かを生み出しているのか? いや、そんなことは無い。
無生産で、学も無くて、ただただ生きているだけの人間だ。
だが、この無意味な人間たちでさえも、このまま戦争が拡大すれば、徴兵させ、王国の敵となるだろう。
だったら、此処で消えてもらう」
もう上から見下ろしても、その集落に動いている何かを見つけることは出来なかった。
怨んでくれるな、俺にはどうすることも出来なかった。
俺は逃げるように、進路を王都の方に取り、スロットル出力を引き上げたその時だった。
何かが弾けるようなイオンがした後、無機質な警告音が流れた。
<――左エンジン、異常>
「何? 」
後ろを振り返ると、左エンジンから薄黒い煙が噴き出していて、暫くするとそれは濛々とした真黒な煙へと変わった。
被弾は無かったはず、機体トラブルか?
「オスカー、敵戦闘機がようやく現れたようです」
「ふむ、引き上げようか」
こんな時に、敵?
「お前ら、仕組んだな!? 」
「……何のことだ? 」
オスカーは困惑したような声を上げる。
だが、俺はこいつが見事な演技で軍本部を騙したことは知っている。
「嗚呼、こんなところでエンジントラブルとは。
英雄譚は私達が語り継ぐとしよう」
「さんせーっ! 」
そうこうしている間にエンジン出力はみるみる下がり、後から来たオスカーら三機に追い越された。
<燃料漏れ>
「クソ! 」
すっかり推力を失った俺の機体は、あっという間にオスカーたちに置いてきぼりにされ、逆に、後方からやってきた敵機に追いつかれた。
もう少しで奴らの射程に追いつかれるぐらいのとき、無線が飛び込んできた。
<こちら共和国空軍、第一執行飛行隊。
我が領空を飛行中の王国軍機に告ぐ。
貴官は、民間虐殺という赦されざる戦争犯罪を起こした>
「やったのは俺じゃない! 」
<どこまでも横暴な王国人め。
だが、共和国は貴様のような男でも法の下に裁く。
貴様の存在は王国の残虐性を証明することが出来るからな。
警告は一度きりだ、投降せよ>
額に汗が浮かぶ。
傭兵の俺が捕虜になったところで、王国が助けてくれるとは思えない。
それに共和国は、自国の正当化の為に王国の戦争犯罪者が喉から手が出る程欲しい筈だ。
機体は飛べてはいるが、これでまともに空戦なんて出来ない。
しかも、レーダーによると敵機はN/A-18E、スーパーライノ、格闘戦に優れた艦載機だ。
こんな機体、共和国が持っていたのか?
執行飛行隊というのは、恐らく特殊部隊だろう。
じゃあ、どうする?
そのとき、俺の視界に雪冠を被った雄大な山々が見えた。
それは孤高の地を取り囲む山脈だった。
もうこうなったら、賭けだ。
<ちっ。
執行3-1から3-2へ。
逃走を図った機体が、孤高の地へ逃げ込んだ。
止むを得ん。状況開始。始末せよ>
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