六回目の被撃墜

「増援、どこの部隊だ? 」


<誰でもいい、援護が必要だ! 助けてくれ! >


俺が孤高の地の山脈を越えて、あの忌まわしい逆向きの台形に飛び込んだ瞬間、王国・共和国どちらともからの多数の援護を求める無線が飛び込んできた。

飛んでくるのは、無線だけでけじゃなかった。

左翼を穴だらけにされ、制御を失ったDIG-21がこちらの方に突っ込んできたのを、寸前で操縦桿を横に倒して躱す。


「ええい、クソ! 邪魔だ! 」


あちらこちらでミサイルが飛び交い、そこらかしこで炸裂する。

それらは暴風・爆風となりコックピットの風防をカタカタと鳴らす。

フレアとチャフ、加えて効果があるのか怪しいECMも使いながら、俺は大合戦の真っただ中を潜り抜ける。

此処はいつもそうだ、誰もが自分のことで精一杯で、上の連中はここの奴の命なんぞ使い捨ての駒だと思っている、誰も助けには来ない。


いや、違う。

今の俺は使い捨ての駒なんかじゃない、選ばれた特務隊の一員だ。

救援を呼べばいい、なんでこんなことに気が付かなかった。


俺は後ろから追尾してくる執行隊から逃れつつ、俺は無線周波数をアウル2-1、則ち、クリスチーナ達へと合わせた。


「こちらアウル1-1、敵機に追われている。

 援護が必要だ」


「……」


「応答してくれ、援護が必要なんだ。

 オスカーたちが俺を嵌めたんだ。

 聞いているのか!? 」


「……」


何故応答しない、奥歯を強く噛みしめた。

あいつらも俺を裏切ったのか。


孤高の地は地形的な影響で遠距離無線が通じにくいだとか、彼女らは任務を終えて既に基地へ帰還した可能性を考えられるほどの余裕はなかった。


<失速警告>


「クソ! 」


いよいよ水平飛行するだけの推力もなくなった。



<3-2、仕留める、FOX2、FOX3! >


その隙を見逃さず、スーパーライノは二発のミサイルを発射した。

違う誘導方式のミサイルを同時に発射し、敵を確実に仕留める。

言うのは簡単だが、違うロックオン方式のミサイルを同時に扱うのは難しい、これは高等戦術だ。

チャフとフレアは放つ、だが、それだけでは避けられない。

どうする、どうやって避ける。

俺は対空ミサイルをノーロックで、何も居ない孤高へと撃った。

直後、機体を真っ逆さまにして、螺旋を描きながら地表へと急降下させた。

向かってきたミサイルは一方はチャフとフレアへ、もう片方は放ったミサイルを追いかけて行った。

赤外線誘導ミサイルは熱源を追う。

敵のミサイルは、俺のミサイルの熱源を追っていったのだ。


<避けられた? >


<これは……3-2、以降は攻撃を待て。

 これは只者ではない>


そして、機種を真っ逆さまに向けたDIG-35は、重力に引かれて加速する。

だが、これは高度を犠牲にしたことにして一時的な速度を得たに過ぎない。再び水平飛行に戻れば、速度は失われていく。

最早この機体は高性能前線戦闘機とは言えない、ただのグライダーだ。


俺は車輪を展開すれば、地面に設置するような極低空で機首を引き上げた。

これは速度を上げる為でもあり、超低空を飛べばレーダー・目視で捜索が難しくなり、振り切れる可能性があると考えたからだ。

少なくとも、孤高の地で突撃任務をさせられているような連中はこの低さは飛べない。


だが、その期待は不発に終わった。

執行隊の2機は獲物が息絶えるのを待つハゲタカのように、少し高い高度で旋回しながら俺を見下ろしていた。

相手の戦法に付き合わずに、リスクの少ない方法で確実に仕留めようとする。

この戦い方は、身に覚えがある。


<成程、分かったぞ。

 この戦い方、貴様、合衆国の海軍出身だな>


先に気づいたのは、敵の方だった。


「そちらも合衆国空軍の教育支援を受けているようだな」


大国にして、そして、俺の故郷である合衆国。

かの国はこの戦争を表向きは静観している。

だが、執行隊が使っているN/A-18スーパーライノが合衆国海軍の現行主力機体であることも含めて、どうやら合衆国はこの戦争にある程度関与しているようだった。


<それだけの腕があって、何故、傭兵など?

 考えるまでもないか、金に釣られたのだろうな。

 正義の無い力程歪んだものもない、死んでもらうぞ>


何が、正義のない力だ。

共和国は民間人を空爆に巻き込んだ、それにPMCを黙認して残虐ショーすらも行った。

王国だって、傭兵や新兵に無意味な突撃をさせ、大勢を殺して、更には民間人殺しにすら及んだ。


ここの何処に正義がある?


<3-1より2、援護する、攻撃を許可。 

 ただし撃墜位置に注意せよ。

 この機体の残骸は、戦争犯罪の証拠として撮影が必要だ>


<3-2、了解。仕留める>


敵の二番機がぴったりと後ろについた、奴には撃墜のタイミングを吟味するほどの余裕がある。


速度は下がっていく、下は地面、高度は下げられない。

クソ、無理か!

脱出レバーに手を掛ける。

だが、外の様子を見て手が止まる。

どこまでも一面の銀世界、それだけだった。

五度脱出したことがあるが、極力、王国側に拾ってもらえるように機体を近づけてから脱出していた。

だが、ここは孤高の地のど真ん中、延々と延びる地平線の中心点だ。


助けなんて来ないなら、いっそ死ぬか?

『好き勝手やっているんだから、死んだらその時はその時だ』そういうメンタルでやってきた筈だった。

最後は不敵に笑ってやって、それで終わりでいいじゃないか。

だが、コックピットのミラーに映った俺の表情は1mmも口角が上がっていなかった。

何かが俺の奥底でふつふつと湧いているのだ、ずっと。

それは頭の中のイメージとして像を結んだ。



「同志ルクレールの仇を撃ち、オスカーは新たな英雄となったのだ! 」街角の軍の公国ポスターは洗ったなものに更新される。

「全く、庇ってやったのが馬鹿馬鹿しくなる」クリスチーナは溜息をつく。

「自分が特別だと思っている痛々しい奴だったよ」ジャッジはやれやれと首を振る。

「彼は死んだの? なら代わりを探してきて頂戴」、少佐は別の者を手配する。

「言った通りだったでしょう? 」「英雄なんかになろうとするからだ」

父と母が嬉々として、俺にそう告げる。


どいつもこいつも勝ち誇りやがって。

まるで俺が負けたように。

負けたとおもわれてたまるか、せめて、引き分けに。


<<OVER G>>


残された推力をすべて使い、俺は操縦桿を手前に勢いよく引き倒した。

機首が垂直に持ち上げ、急減速することで敵の背後を取るコブラ・マニューバを繰り出す。

ただ、背後を取ることは考えていない。


<不味い! >


背後に付けていた敵機は、突然減速してきた俺に対応が遅れた。

そして、俺の狙い通り、二機おれたちは接触した。


「っ!?」


大きな爆発音。

警告灯と警告音が一斉になったと思ったら、電源をロストし、全てが消えうせるコックピット。

そして、すぐに機体を襲う奇妙な浮遊感。


衝突した機体後部を失い、DIG-35は完全に重心のバランスが狂い、縦方向にスピンし始めた。


<無茶苦茶を……! 

 執行3-1、僚機を失った。

 敵機は空中爆散、撮影は不可能、撤退する>


Gに耐えられず機体がバラバラになる中、俺は自分でも驚くほどに冷えた気分で考え事をしていた。


確かに英雄にはなった……だが、これで良かったのか、俺の生き様は?

答えが出る前に、超高速で回転する機体が生み出すGにより俺は気を失った。


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