記憶の海
合衆国を知っているか?
そうだ。
あの世界一の大国だ、あの国は宇宙開発分野でも世界最高の水準を持っている。
男が生まれたのはそんな国で、宇宙開発分野の科学者の両親のもとに生まれた。
5歳ぐらいになり、物心を持った男が将来の夢を宇宙飛行士と言った時には親は大変喜んだ。
それからは厳しい英才教育だった。
親は息子に、国の英雄になれ、夢を追いかけろと言い、男は夢の為、両親の期待に応える為に毎日苦労したものだった。
だが、12歳ぐらいの時、風向きが変わった。
両親が関わっていたロケットの発射が失敗に終わり、同業者やマスコミから盛大に叩かれた。
……ああ、飛行士二人が死んだ。
それから、両親は仕事を辞職して、息子にこう言うようになった。
英雄になんてなるな、夢を追うな、と彼らは失敗を経て絶望し、息子に同じ轍を踏ませないようにしたんだ。
察しの悪い男はいきなり真逆なことを言われて困惑した。
両親にとって最悪なことに、丁度そいつは反抗期だった。
両親が言えば言うほど、反比例するように男は宇宙飛行士になろうとした。
男は戦闘機パイロットになった。
なんでかって? 最初から宇宙飛行士に応募するより、軍でキャリアを積んでそこから応募したほうが確率が高いからだ。
俺、じゃなくて、男はなんだかんだ優秀な成績を収め、一目置かれる存在となった。
その頃には親はもう男のこと相手にせず、人里から離れて山奥でひっそりと暮らしていた。失敗からも、世間の目からも逃げたかったんだろうな。もう誰も覚えていないって言うのに。
寂しかったかって?
俺に聞くなよ、その男に聞け。きっと、そんな親の事なんてどうでもいいだろうけどな。
それで、男は宇宙飛行計画の候補者となり、最終候補に残った。
最後に邪魔してきたのは、結局親だった。
男の親が死んだ。
交通事故だった。あれだけ失敗をおそれ、世間から離れたのに、事故って死ぬなんて底なしの馬鹿野郎だった。
……合衆国の宇宙開発プログラムは厳格だった。
親を亡くした男にメンタル面での不安を覚え、彼らは男を候補者から外した。
その時、余計な気を回したのが軍上層部だった。
男を憐れんだそいつらは、そいつにある命令を出した。
ロケット発射前日の周辺の偵察飛行、正直やる意味なんてなかった。
だが、そんな名目で男は超高高度偵察機ドラゴン・ヘッドで、成層圏ぎりぎりを飛んだ。
雲がはるか下に見え、ほんの少し上に一面の宇宙の大海原が広がっていた。
でも、それを掠めただけだ。
何の慰めにもならない、男は結局は宇宙には届かなかったからな。
結局、ロケット発射は成功して、乗組員たちは英雄ヒーローになった。
えっ、ご主人様は英雄になったって?
ちがう、これは哀れな男の話だ。俺の話じゃない。
……眠くなってきた、寝る。
は? 母親との思い出? なんで、そんなもの?
よく、覚えてないけど……大きいハムのはいった、オム、レツ……固めに焼いて……。
◇
翌朝、二日酔いにより俺は酷い頭痛と倦怠感に苛まれていた。
今日は非番なので二度寝と行きたいが、何が起こるかなんて知れたものじゃない。
仕方なしに下の階のダイニングへと向かうと、朝食を用意してアイカが待っていた。
「おはようございます、ご主人様」
食卓には珈琲と、クロワッサンそれからやたら大きなオムレツが並んでいた。
「用意してもらって悪いんだが、全部食えるかどうかわからんぞ」
なんだかありきたりな献立だと思いながらも、オムレツにスプーンを伸ばす。
旨い。
なんだろう、胸が熱くなるような味だ。
こんなものは初めて食べた
固めに焼き上げた卵はしっかりとした食べ応えがあり、具材がハムだけなのも味がごちゃつかなくて悪くない。
……これを食べていると、何かの情景を思い出しそうになる。
だが、記憶を探ってみても、具体的な記憶にはたどり着けなかった。
きっと、昔に高級ホテルか何かに泊まった時に食べたのだろう。
暫く夢中になり、完食するときになって、ようやくアイカが俺を食べ盛りの犬を見るような笑みを浮かべて眺めていることに気づいた。
こいつこんな顔できたのかと思いつつも、何となくきまり悪さを覚え、ナプキンで顔を隠すように口元をぬぐった。
「まぁ、美味いじゃないか。
何のレシピだ? 」
「これは昨日……いえ、母のレシピです」
「ふぅん。良い母親を持ったんだな」
「はい」
アイカは微笑んだ。
何があったかは知らないが、この様子ならメイドの交換は不要だろう。
さてと、俺はリモコンを操作し、TVの電源を付けた。
TVの画面に映った男は知っている顔をしていた。
『上院議員ルクレール氏の息子、エドヴァンス・ルクレール大尉が作戦中に行方不明となりました。
軍当局は生死不明としつつも、王国名家の勇士は軍の総力を挙げて捜索するとのコメントを出しています」
「……あの坊ちゃんじゃないか」
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