【2章エピローグ】エスカレーション
例の報道の翌日、俺は少佐に呼ばれた。
呼ばれた先は、俺が初めて王都に来た際に漫談に使われた部屋だった。
部屋の中には、少佐と俺の2人だけ。
最初に会った時はこれから起こることに期待を膨らませていたが、今日の俺は心中穏やかではなかった。
「あの坊ちゃんの捜索救助作戦っていうなら、俺は降りる。
自業自得じゃないか、自分の力量も判断できないやつなんて勝手に死ねばいいじゃないか」
「仮にも同じ軍隊の同志のことなのだから口を慎んで欲しいのだけれど、貴方の言い分も無理はない。
……ここだけの話、軍上層部も頭を抱えているの。
共和国に我が国の技術が漏れた可能性が高い」
ステルス機はステルスコーティングと機体形状の工夫でレーダーに映りづらくしたり、鳥や虫と誤認させているに過ぎず、徹底的に解析されれば、レーダーのプログラムの改善等で普通に映るようになる。
そうなれば、あんなものただの空飛ぶ文鎮だ。
「それに加えて、貴方の任務は捜索救助ではないわ。
これを見て」
少佐は机の上のプロジェクターを操作する。
壁に映し出されてのはホームビデオで撮ったような荒い映像だった。その中に写っていたのは、コンクリート剥き出しの無機質な部屋で、パイプ椅子にワイヤーで拘束されている男の姿だった。
ご自慢の爽やかフェイスは腫れあがっていて、事前情報が無ければ誰か分からない程だが、こいつは……。
「坊ちゃんじゃないか」
「エヴァンス・ルクレール大尉よ」
暫くすると、坊ちゃんは怯えたような表情を見せた。画面の外から迷彩服に大男が現れたのだ。スキンヘッドの顔面の中央に大きな数がはしるその男は荒くれものという感じがした。
そいつはカメラに指を指すと、大仰に語り始めた。
『俺たちPMC“パイレーツ“はあの梟を捉えることに成功した。たが、王国の英雄様の正体はフクロウなんかじゃなく、夜にコソコソと忍び寄るコウモリ野郎だったのさ』
PMC(民間軍事企業)?
それに梟を捕えた?
何を言っているんだ、俺は此処に居るじゃないか。
俺の懸念をよそに画面は切り替わり、墜落したナイトアウルの無残な残骸が映る。
イライラするような機体だったとはいえ、壮大な作戦を共にした戦友の哀れな姿をみるのは少し応えるものがあった。
成程、このPMCのやりたいことは分かった。
即ち、これはプロパカンダだ。
俺と坊ちゃんは似ても似つかないが、こうも傷だらけだと人相を特定できず、逆にこいつが梟だと言われても否定することが出来ない。
それだけじゃあまりにも根拠が薄いが、それがナイトアウルに乗っていたパイロットだとすると、王国の梟と信じてもおかしくない。
俺は英雄となったが、国民の皆が皆俺を知っているかと言えばそうでもない、ニュースをしっかりみない者は俺の顔までは覚えていないし、忘れた人間も多い筈だ。
それに、王国民ならいざ知らず、共和国民は信じるだろう。
人は自分の都合の良いことを真実とするからだ。
同情はしない。
あいつには無理だとは思っていたがまさか撃墜させた挙句、俺の名に泥を塗るとは、腹立たしさへ覚えた。
画面がまた坊ちゃんを映した時、少佐は短くこう言った。
「心構えをして」
「は? 何の? 」
『ショータイムだ』
大男がカメラに向かい茶目っ気たっぷりにウィンクをして見せた。
男は懐から大口径マグナムを取り出し、それを掌でくるくると弄んだあと、坊ちゃんに向けた。
『やめろ、やめてくれぇ! 」
『お待ちかねの時間だ! ショータイムッ! 』
男が指をパチンと鳴らすと、壮大なクラシックが流れ、その調律に合わせてマグナムの引き金が引かれた。
坊ちゃんの足を、腕を、撃ちぬかれていく。
趣味の悪いことに、編集でFPSゲームのHPバーやエフェクトのようなものも入れている。
『父上、助けて、母さん、母さ――!」
その度に断末魔が上がり、最後に坊ちゃんの頭部が撃ち抜かれたところでHPバーがゼロになり、間抜けなBGMと共に画面にでかでかとGAMEOVERと表示された。
『民間軍事企業パイレーツは君を待っている! 』
最後に海賊旗と共にこんなメッセージが映し出され、映像は終わった。
そういえば先日の渓谷越えのAG-6の尾翼にも、海賊旗が描かれていた。
「どうだったかしら? 」
少佐は俺の顔を覗き込み、そう尋ねて来た。
これがどうだったかと聞かれて、真っ当な王国軍人であれば同志の死に涙を流し、怒りで拳を握り締めるべきなのだろう。
しかし、俺はそうではない。
ましてや死んだのはあの男だ。笑えはしなかったが、正直、何も感じなかった。
少佐も俺がどういう人間かは分かっている。悲しいだとか、怒りを感じるなんて答えは求めていない筈だ。
「捕虜に対する暴力・拷問……加えて私刑。
れっきとした国際条約違反だ」
「正解よ」
少佐はふっと少しだけ笑うと、頬を引き締めた。
「我が国は共和国にこの件を抗議したけれど、共和国はこの件に一切関与していないとの回答を繰り返すばかりで、誠意のある回答は得られなかった。
誠に遺憾ではあるけれども、我が国はこの件に対し軍事的報復をせざるを得ない。
陸海空統合作戦、作戦名"ルクレール"……この作戦の目的は共和国本土侵攻よ。
貴方の任務はSAR(捜索救出)ではなく、PMC拠点に対するSAD(捜索殲滅)よ」
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