アルコール


「じゃあ、また。

 しっかり歩け、英雄が転んで死んじまうなんてやめてくれよ」


「大丈夫、大丈夫」


腕時計に目をやると時刻は2時と3時の間だった。いつから飲んでたんだっけか、思い出せない。かなり飲んだ気がする。

朝、この家でなんかあった気もするし、夜、何かの電話があった気がするけど、よく思い出せない。

大したことじゃないだろう。それにしても、ジャッジの奴のホバリングしているオスプレイの真似は面白かった、あれを真顔でやるんだからな。

思い出す度に笑える。


「へへっ、帰ったぞ」


「お帰りなさいませ、ご主人様」


玄関を開けるとキャンドルの薄い光に照らされたアイカが立っていた。

キャンドル……そんなものうちにあったか?

なんだかアイカの様子がいつもと違う気がするけど、今の俺にはそんな些細なことは気付けなかった。

ただ、偉く寒そうな服装をしているなと思った。


「お疲れですよね……今日はご一緒させて頂きます」



寝室に入りなり、俺はベッドに飛び込んだ。

空中戦を行なって、浴びる様に酒を飲んで、もうへとへとだった。

アルコールを抜く為にベッドの上でぐるぐると寝返りをうち、仰向けになるとそこには無数の星が瞬いている。

この家を作ったやつはなかなかいいセンスをしている。寝室の天井がガラス張りになっていて、星々が見える様になっているのだ。


そこでふと、部屋の隅っこで立ち尽くしている存在に気づいた。


「何をしているんだ、お前は」


「……こ、心の準備をさせて下さい」


アイカは部屋の片隅でガタガタと震えていた。いや、そんな露出の多い装いをしていたら当然寒いだろう、流行りのファッションなのだろうか。

というか何故、この部屋に来ているのだろう、何の目的で……と考えたところで、また頭が痛くなってきた。思考が回らない、これは二日酔い確定かもしれない。

あー、でも、わかったかもしれない。


「こっちに来い」


俺はベッドの隅に寄り、アイカを手招きした。彼女はびくりと身体をこわばらせ、ゆっくりと歩み寄り、ようやくベッドに潜り込んだ。  

近くでよく見ると彼女は小刻みに震えていて、青い瞳には涙目が滲んでいた。


「恥ずかしがることじゃない」


「で、でも、私……」


その様子を見て、俺は確信した。

必死で否定しようとするが、俺にはお見通しだ。

夜、ひとりぼっちが怖くなったのだろう。


俺は天井を指差した。


「あれがオリオンで、そっちがおおいぬ座」


「ご主人様……?」


「星だ。眠れない時は星を数えるといい、俺は親からそう習った。数え切る前に眠ってしまうし、もし、宇宙に存在する全ての星を数え尽くしたらノーベル賞ものだからな」


アイカは困惑した表情を浮かべ、独り言の様にポツリと呟いた。


「お母さんも星を数えなさいって」




「何だ、我が家オリジナルじゃないのかよ。


 だったら、月はどうだ? 」


「月……? 」


「此処からでも見えるあの凸凹、あれがコペルニクス・クレーター。

 あの黒く見えるところが嵐の大洋、アポロが降り立った場所だ」


アポロの月面着陸を題材にした映画、ガキだったころは次に出る台詞を覚える程なんべんもなんべんも見返したし、学生の頃はとある事情で文字通り月の山から谷までを全部覚えつくした。

それでも、飽きることも、諦めることも出来無かった。




「ご主人様は博識でございます」


アイカは素直に関心の声を上げた。

アルコールに酔っぱらっていた俺は気分が乗って、こんなことを喋り出した。


「宇宙に興味があるのか? なら、話してやろう。

 宇宙を掠めた男の話を」


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