第13話 奇声
霊子は何のてらいもなく、手近なドアを開ける。
中は薄暗く、見えづらい。
とりあえず、シャワー室らしきところと、ボロボロのベッドが見える。
三色団子は例のヘッドバンド型のライトをつけて、そのライトで辺りを照らしながらうろうろしていた。
俺はあんまり興味のないフリをしつつ、室内を見渡す。
一般家庭ではまず見かけない壁掛けの大きな鏡がライトを反射した。
夜の鏡は不気味で、あまり見ていたくはない……というか個人的にはあまり鏡が好きじゃない。特別理由があるわけじゃないが、なぜか昔から大きな鏡ほど好きになれなかった。
鏡から目を逸らすと、ベッドの傍に、箱のようなものが並んでいるのが見えた。
なんだろう、売り物が入ってたっぽい……?
そうこうしていると、霊子が何かを手に寄ってきた。
「妙なものがあったよ。これは何に使うんだろうね?」
スケベ椅子じゃねーか。
「なんだろうな。わからない」
「スケベ椅子だよ」
「わかってて言ってたのかよ!」
「キミもね」
「ぐぬぬ……」
ちくしょう。
三色団子に手玉に取られているようで腹立たしい。
「うん、やはり室内よりは廊下のほうが目撃例も多いし、戻ろ――」
急に動きが止まる霊子。
「どうした? おどかすのは止めてくれ」
「……いま声がしなかったかい?」
「いいや、聞こえなかったが……」
「しっ」
人差し指を立てて、なぜか体勢を低くする霊子だが、別にその必要はないだろうに。
人間がしっ、とするとき身をかがめるのは、狩りの時の習慣だったりするのかな。
いやそんなことはどうでもいい。
耳を澄ますんだ。
すると――
「――っ――ど――か――」
!!
無言のまま霊子と目を合わせる。
向こうも目を丸くして頷いた。
つまり、俺の幻聴ではない、わけだ。
「……上からだな」
「ああ。上がろう」
不意に心臓がバクバクしてくる。
やはり本当に「いる」と思うと、途端に恐怖が襲って来る。
……光が欲しい。
夕陽は沈み始めている。
光が無いとパニックを起こしそうな自分がいる。
克服できているようで、まだ恐怖は残っている、気がする。
「俺もライトもらっていいか」
「ああ。つけてあげよう」
なにぶん激重キャリーバッグを担いでいるので、ヘッドライトをまくのは大変だが、下ろしてしまえば済む話――だが、その時間も惜しいということだろう。
かがんだ俺に、三色団子布団がヘッドバンド型のライトを巻いていく。
ふと、鼻孔をいい匂いがくすぐった。
くそっ、布団の癖に防虫剤とかじゃなくシャンプーの香りがしやがる。
そう思うと、ラブホの一室なのを思い出し、不安とはまた違う鼓動の高鳴りを感じる。
赤くなりそうなので慌てて顔を逸らした。
「どうしたんだい?」
「い、いや。何かまた聞こえたような……」
嘘である。何も聞こえてはいなかった。
「……ふむ。注意して上がるとしようか」
三階への階段を上って行く。
一段一段踏みしめるごとに、恐怖は増していく。
「そう硬くならないでいいよ。そもそも廃墟愛好家や心霊スポットめぐり好きの可能性もあるし、単に不良がたまり場にしているのかもしれない」
「生身の相手ならなんとでもなるんだがな……」
この5Qを振り回すだけでも人間はなぎ倒せるだろう。
物理でなんとかなる奴は怖くない。
「同じだよ。この世に存在する以上、物理法則で支配されているはずだ。対処法があるから怖くないんだから、幽霊のそれを見つければいいのさ」
「まぁ、道理だな……」
その理屈はもう何度も聞かされている。
だからその言葉自体というより、幽霊を物理的な視点だけで捉えている霊子と話をすることが、何より安心感を生んでいる気がした。
夕陽の光が消え、暗くなった階段でも、パニックは起こらない。
前には進めている。
うん。間違ってない。
行こう。
そうして、上がった三階。
意を決し、廊下を覗き込むと――
「!」
薄暗い廊下の先に、白い影。
それは明らかに黒髪の女性だった。
どうやら背中側のようだが、だらりと長く下がったその黒髪で体の大半が覆われ、すらりと長い手足だけが見えた。
これは、平定ではなく、おそらく目撃例の頻発しているというもう一方の――
「びっくりするほどすっぱだか!! びっくりするほどすっぱだか!!」
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