第10話 逆海月
妙に洒落た名前だが、散切市の郊外にあるラブホテルの廃墟である。
なんでも昔は連れ込み宿を逆さくらげと呼んだらしく、それをモチーフにした名前をつけたとかなんとか。温泉マークを逆さまのクラゲに見立てる昭和のセンスはなかなか面白い。
この辺の話を蒟蒻山が以前教えてくれたが、よりによって教室の中で話すものだから、女子から生ごみを見るような目を向けられていたものだ。
ともかく、出自がなんであれ廃墟である。
バブル期に建てられたもので、ギンギラギンだったであろうネオンサインは、光を失ってなお、そのまま残されている。
国道沿いに建つそれは、しかし高速道路が出来てからメインルートから外れ、不況や少子化そしてとある事件など様々なあおりを受けて潰れたようだ。
心霊スポットとして有名になったのは廃墟化してしばらく経ってからであり、近年はユーチューバーの凸などで知られるようになった。
特にTVでも引っ張りだこの霊チューバー・レイジのチャンネルが人気で、その後追いで零細チャンネルが雨後の筍ばりに動画を上げていたからな……。
目撃されるのは、無理心中しようとした女の霊だというが、それらの動画に実際に映っているのは無いらしい。怖くて見れてないから確かなことは言えないが。
怪談によくありがちなデタラメな話ではなく、無理心中は実際に起きた事件だ。
【平成の阿部定】と称されたその事件では、交際相手の男に本妻がいることを知った女が、その男の局部を切り落としたうえめった刺しにし、首を吊って死んだという。
しがない地方都市である散切市で珍しい衝撃事件だったため、大人は全員知っているし、令和の俺ら学生には怪談として伝わっている。
と言っても俺たちの生まれるより前の話なので実感はまるでない。アニメとかでもそうだが、自分の生まれる前の作品って、ほんの数年の差でも滅茶苦茶昔に感じるよな……。
リアルタイムの事件だと、もっと印象深いのかもしれないが、記憶にある限り、散切市で事件なんて……いや、新興宗教の信者が起こした事件があったような――
いや、そんなことより、平成の阿部定の怪談だ。
その怪談で一番有名なのは、女の幽霊が出て、男の局部をもぎ取る、というもの。
局部なんてもがれたら大ニュースになるだろうからそんな事実はないはずだ。ただ、ふざけてここを訪れた何個上の先輩がEDになった、とかそういう眉唾物の噂は聞いたことがある。
「俺も聞いたことくらいはあったけどよ……実際に来る羽目になるとは……」
夕暮れに例のキャリーバッグ――幽ぱっく改め5Q――を抱え、廃墟のラブホに布団女と。
なんだろう、この異常な状況は。
俺だって廃墟とはいえ女子とラブホなんてところに来たらドキドキはするはずだ。
健全な男子高校生だからな。
それなのに、まるで心が躍らない。
「んふふふふふ。やあ、心躍るねえ」
コイツは違うらしい。
もちろん、性的な視点ではなく霊的で科学的なそれだが。
「何でそんなにテンション高いんだよ……少しくらい恥じらうとかあれよ」
「んふ。なんだい? ボクに欲情したのかい?」
「お前がボクって言うたびにドラえもんの顔が浮かぶから心配するな」
「可愛いってことだね」
このポジティブさは見習いたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます