第9話 ゴースト吸引装置
「それは、首なしライダーを捕まえた……」
「そう。幽ぱっくボックスさ」
「ヘンな名前だな。本体に別の名前つけてそれを幽ぱっくにしたほうがいいだろ」
「!!」
目をまんまるに見開く三色団子。
「素晴らしいアイデアだ!! 天才じゃないか?」
「ノーベル賞級の発明する奴に言われても嫌味にしか聞こえないんだよ!」
「とりあえず、本体はゴースト吸引装置、略してゴーキューとでもしておこう」
ホワイトボードに大きく5Qと書き、ご満悦フェイスな三色団子。
「話聞けよ」
「聞いているさ。今からこの箱は幽ぱっくだ。で、本題なんだが、昨日捕獲したものを分析してみたんだ」
「なに?」
つまりは、首なしライダーをってことだな。
「話は前後するが、ボクの仮説では、幽霊とは空間の焼き付きだと考えている。わずかに思考を残しているのは、脳の回路も焼き付いているからに過ぎない。だから本人でもないし、質量も無いはずだ。しかし、物理的……正確には物質的性質を持っている」
「フェンスもぶっ壊してたからな」
「その通り。だから、本体を形成している大部分は、水だと考えられる。霧をスクリーンに、残像が投影されているイメージだ」
「幽霊が水だったり残像だったり言ってたのはそういうことか……」
「例えるなら、映画館のスクリーン自体が盛り上がって飛び出している3Dといったところだね。そして実際、この箱の中に回収した物質を調べてみたところ、ほとんどH2Oだったんだ。ぬふふふ、説が立証されたね!!」
「水だけ? じゃあ幽霊はどうなってんだ?」
「そこがミソでね……」
幽ぱっくを無造作に開く霊子。
あまりに自然な動きだったので、一瞬思考に空白が生まれ、その後に驚きが襲ってきた。
「うおあ!?」
思わず背後に飛びのき、そのせいで激狭部室の壁で頭を打ってしまった。
「つっ……何やってんだお前!! 幽霊出て来るだろ!!」
「心配はいらない。残念なことだが、幽霊はいないよ」
「え……?」
言われて箱を覗き込むと、中には水が薄く溜まっているだけだった。
そこから鬼火が立ち上ることもない。
「捕まえるのに……失敗してたってことか?」
「わからない。肉眼の観測では吸引には成功したように見えた。箱も鉛などを重ねて放射線も通さないようにしているし、抜け出せるとも思えない。一つ考えられるのは、吸引で分子構造が破壊されたことで再現性を失った可能性かな」
「水の他には何もなかったのか? そもそも水には投影されてるだけなんだろ?」
「いいところに気が付いたね。水を捕まえるだけなら、シリカゲルでいい。焼き付いた空間ごと回収するために重力を使用したんだが……少なくともここの設備でわかるレベルの物質は見つからなかったね。大気と同じ組成の気体と、土埃程度だった」
「捕獲失敗か……」
やはり幽霊を捕まえるなんて、無理な話だったんだろう。
捕獲に抵抗があった癖に、どこか少しがっかりしている自分がいた。
「早合点はよくないよ。判断材料が増えることは失敗とは言えない。前進だよ。少なくとも、ルシフェリンとルシフェラーゼのように、発光に必要な物質は見つからなかった。あれほど、はっきり光っていたのにだよ?」
「見つからなかったんなら、意味なくないか?」
「そうじゃない。水だけで光っているとすれば、素粒子が関係している可能性がある。例えばニュートリノが水に衝突すれば光る。以前ノーベル賞で話題になったカミオカンデはそれを観測する施設だけど、聞いたことはないかな?」
「やめてくれ。ちんぷんかんぷんで眠たくなってくる」
「変わってるね! ボクは逆に目が冴えてきているよ! 今眠っても悪夢を見るだろうから、結論を言おう。幽霊は未知の素粒子を放っている。それが水とぶつかって光るのだ。ボクはそれを【確率子】と名付けた」
変わってるのは間違いなくお前だ。
今度はホワイトボードに「確率子」と大きく書きこまれる。
「拡張子くらいなら聞いたことがあるけどな……」
「電子ならわかるだろう? あれが一番わかりやすい素粒子だろうね。確率子はそんな素粒子の一種で、本来、超低確率でしか起きないことに作用して発生させる素粒子……とボクは仮定している。ボクの想像が正しければ、幽霊とは確率を歪めて存在していると言えるね」
「確率を歪めるって言うと、サイコロでぞろ目を連発するとかそういうことが起きるのか?」
「ああ。端的に言えばそうなる。だが実際にはもっと常識外れに低確率なことを引き起こす作用がある。例えば、エネルギーの低い量子が、本来超えられない高いエネルギーの壁を通り抜ける現象にトンネル効果というものがある。究極的にはコップの水が、外に漏れだすということも理論上あり得るが、超超低確率なので、実際には起こりえないと断言すらしていい。しかし、この確率子が偏在するとき、全ての粒子がエネルギーの壁を――」
「例えば以降が難しすぎて何言ってるかもうわかんねえよ!」
「幽霊とは本来起こりえない超低確率の産物であり、それを確率子が引き起こしているという意味だよ。だから場所やタイミングが重要だと考えられる」
「宝くじみたいなもんか。当たる売り場みたいな」
「まるで違うよ。宝くじをどこで買おうが当選確率は変わらない」
冷たく言い放たれた。つらい。
「素粒子や量子のスケールになると手持ちの検査器具では検証が難しい。とにかく、もっとデータが必要だ。今日も心霊スポットに行くよ!!」
「はぁ!?」
何を言い出してんだこの三色団子は。
「ふざけんな! 何であんな怖い思いをまたしないといけないんだよ!」
「ぐぅ……」
「寝るな! 起きろ! 起きないとスコヴィル氏とやらを口に流し込むぞ!」
近くの段ボールに挿しこまれていた金属製のボトルを掴んでカラカラと鳴らす。
するとその音に気づいてカッと目を開く霊子。
「それだけはやめてくれ」
いま寝ていた人間とは思えない目のギラつき具合。
額には脂汗が浮かんでいる。
「本当にヤバいんだなこれ……」
「冗談で使うと傷害罪になるだろうね」
「そんなもん作るな!」
「そんなことより、最近、女の幽霊の目撃が多発していてね。心霊スポットに真っ白い女の姿が見えるそうなんだが、出現パターンから考えてここだ、というところまで絞り込めたんだ」
「だから何で俺が行くこと前提で話してるんだ」
「行かなければ、今日も悪夢を見るだろうさ」
「ぐううう……!」
業腹だが、あの悪夢は二度と見たくない。
せっかく、暗闇恐怖症が薄まって来たんだ。
恐怖症か悪夢かの二択みたいな現状はごめん被りたい。
「悪魔め……」
「言いがかりはやめてくれよ。悪夢を見るのは計算外だったさ。責任は感じないでもないから解決策は講じるよ。つまり恐怖の解体だ。いよいよキミのトラウマの根源は幽霊にありそうだしね。もしも、幼少期に見たであろうそれを、科学的に解明できるなら、キミの恐怖症も悪夢も劇的に軽減できるだろう」
「……安眠のためには、行くしかねえってことか」
「運命というやつさ」
「科学者が言うセリフじゃねえだろ」
「科学者はロマンチストなんだよ」
これで三色団子布団じゃなければ、グッとくるセリフかもしれないけどな……。
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