第8話 幽霊講義

 担任のハンハン先生――どう見ても見た目がその筋の人なので、半分反社が由来のあだ名で本名・神田幸太郎――に滅茶苦茶怒られ、お調子者の蒟蒻山には「委員長の胸を見たんか!」、「生着替えを見たんか!」、「なんでワイを呼ばへんねん!!」としつこく絡まれて、気力をのきなみ失って過ごした一日が終わりを迎えた頃、俺は再び三色団子に引っ張られて科学部の部室に連れて来られていた。



 相変わらず激狭な部室だが、よくよく見ればキャリーバッグがいくつかある。

 幽ぱっくの試作品かもしれない。


「それでは、先日の成果と状況のまとめからだ」


「俺は科学部の部員でもなんでもないんだが」


「帰宅部でヒマじゃないのかい? 運動しなくてももう眠れるんだろう?」


「それはそうだが……部員扱いの理由にはなんねえだろ」


 そう言うと、子どものように聞こえないふりをしやがった。


「すひゅーすひゅー」


 口笛を吹いて誤魔化しているが、やはりヘタクソで全然音がしていない。


「っていうか他に部員はいないのかよ」


「そんなメジャーな部活でもないだろう」


「お前についていける人間がいないからじゃないのか?」


「んふふふ。ボクの天才性をそこまで褒めなくても構わないよ」


「皮肉で言ってんだよ!」


 ダメだ。まともに相手してたら更に気力を奪われる。


「……で、本当に何の用なんだよ」


「だからさっき言っただろう。昨日の件の再検討さ」


「俺がいたってしょうがないだろ。お前の言ってることはちんぷんかんぷんなんだから」


「いいや、複数の視点があるほうがありがたい。それにキミにもメリットはある」


「メリットってなんだよ?」


「キミは暗闇を克服しつつある。いまだ悪夢は見るようだがね。暗闇の奥にいるものの正体が明らかになるほど、キミは安心できて快眠できるはずだ」


「……なるほど、な」


 実際、昨日の首なしライダーとの遭遇とその結果で、納得できる話ではある。


 暗闇が怖かった俺が、暗闇から出てきたお化けと戦えたのだ。


 恐怖の根っこや正体を知ることが、安眠に繋がる可能性は高い。


「まぁ、暇つぶしとでも思って聞いてくれよ」


「わかったよ。確かに別に用があるわけじゃない」


 中学では野球部に入っていた。


 体を動かさないと寝れない俺には最適だったし、俺ほど真剣に鍛えている奴もいないから、活躍はした方だと思う。


 しかし、逆にどうしても眠れずに寝不足の時もあって、そういう時は足を引っ張ってしまう。


 試合中にベンチで寝落ちしそうになったこともあれば、頭がぼんやりして失投したこともある。


 だから、高校では部活に入らなかった。


 同じ中学の蒟蒻山――ちなみに俺たちは散切中学ではなく、開花中学という近隣の別の中学だ――は引き続き野球部なので「やろうややろうや! やらんの? やろうや? やらんの……?」と、だいぶ誘われたが断った。


 この体質だと、やはり集団競技は向かないと思う。

 自己の責任に尽きる個人競技のほうが気は楽だ。


 そんなわけで、もっぱら近所の古武術の道場に顔を出しては鍛えている。そこはおじいさんの師範がやっていて、月謝さえ払えばいつ顔を出してもいいシステムなので、時間の融通はきく。


 逆に言えば、科学部の誘いも断るほどでもないわけだ。


「よし、それじゃあ、一から始めよう」


 激狭物件な部室の、壁にかけられたホワイトボードにペンを走らせる霊子。


 そこには、ヘタクソなタッチで首なしライダーの絵が描かれていた。


 首なしライダーというより、ビニール袋が引っかかった自転車だ。


「今回の目的は首なしライダーの捕獲だった。理由は、アクセスがいいこと、そして脅威度が低いこと」


「脅威度が低い? 襲って来ただろ」


 幸いかわすことが出来たが、あのバイクにまともにぶつかられたら大怪我していただろう。


「ケガをしたという証言は全くなかったからね。流石に人の首を狩るような噂があれば一番目にはいかないさ」


「一番目じゃなきゃ行くのかよ!」


 俺の言葉もまともに届いているものか、口笛を吹く三色団子。なんか音が出ていないが単純に下手なのだろう。


「さて、この首なしライダー、目撃例がそこそこあった。無論、黒いヘルメットをしていれば夜中に首なしライダーに見える可能性があるが、そもそも場所が旧道だ。見間違いが多発するほど、訪れるライダーがいるとも思えない。いつ来るかわからない物好きを驚かすために悪戯というのも考えにくい。つまり、本当に幽霊が現れているのではないかと仮定した」


「まぁ、実際、いたわけだしな……」


「そう。そこが問題なんだ。じゃあなぜ、そんなものが現れたのか。首なしライダーの出現前、あのあたりでバイクの単独事故、それも死亡事故があったのは確かだ。しかし、だからといって、死亡事故はそこでしか起きていないわけじゃない。例えば警察の安全情報のマップを見ても事故多発地帯は別にある」


「そうなんだよな……」


 事故死で幽霊になるなら、もっと交通量の多い街中が幽霊だらけのはずだ。


「あの形で現れたこと自体は理解できるんだ。バイクに執着を持っている存在が、幽霊の状態でも乗れるバイクを作るためにあの形に擬態したんだろうからね。まぁ、乗ることはできないから自分が変化しているだけだが。そういう意味では、首なしライダーには由縁とか因縁というものがないわけだ」


「死んでもバイクが好きなだけってことか」


 それで、自分でバイクになってまで走っていた……。


 そう考えると、恐怖は薄らいでいく。

 理解を深めることが、安心につながるのは事実らしい。


「いずれにせよ、人物が特定できない以上、そちらを調べるのには限界がある。だが、一方で、原因があるとすればあの場所という可能性がある。前述のように事故多発地域ではないだけにね」


 人が原因か、それとも場所か。


 心霊スポットなんてものがある以上、少なくとも出る場所と出ない場所があるのは確かだ。


「そこで今回の実地調査だったんだが、トンネル内は明らかに湿度が高く、温度が低かった。湿度は関係あるかもしれない。一般の道路で湿度が高い状態はまずないからね」


「湿度ねえ……まぁ、塩も効いたか」


「有名な怪談でも、タクシーに乗ったはずの女が消え、シートがびしょ濡れになっていた、とうのがある。それも同じ原理なのかもしれない」


 ああ、聞いたことがある。


 子どもの頃はおねしょして逃げた、みたいな風にふざけて話してたな……。


 怖い気持ちから茶化してたのかもしれないが。


「湿度が関係あるんなら、雨の時はどうなんだ?」


「雨の勢いで形をとれないのかもしれないね。……ふむ、これは面白い実験テーマだ。次は高圧洗浄機を持って幽霊に水を浴びせてみようか」


「ワクワク顔して無茶苦茶言うのはやめてくれ」


 マジでほっとくとひとんちの墓に水ぶっかけたりしかねない。


 水をかけるべきはコイツの頭だ。


「それより、幽霊についてもうちょっと教えてくれ。湿気の塊みたいに言ってるが、空間に焼き付いた残像とかなんとかも言ってたろ」


「おお」


 ポンと手を鳴らす霊子。


「そうだね。その説明が必要だろう。しかしそれら二つは矛盾しないんだよ」


「どういうことだ?」


「ちょっと順を追って説明しようか」


 ホワイトボードの絵を消し、代わりに円を描く。


 シンプルな図形だけに画伯ぶりは発揮しておらず、なぜか無性に寂しくなった。


「では幽霊がいるとして、それは物質かな? 一旦、焼き付きだの、水分子だのという話は忘れて、それを知る前のキミだったらどう思うかを答えて欲しい」


「……んー、物質とは思わないだろうな。霊的なものだと思う」


「うん。きっとみんなそう言うだろうね」


 頷きながら円の上にビニール袋――おそらく幽霊――を描いていく霊子。


「さて、その【霊的なもの】とやらは重力の影響を受けると思うかい?」


「存在してないようなもんだからな……受けないんじゃないか?」


 重力と言えば科学の基本だ。

 幽霊と馴染む単語とは思えなかった。


「地球は公転をしている、これは知っているね?」


「ああ流石にな」


 霊子は、円が楕円に動いているような軌道を描いた。


 なるほど、あれは地球か。


「あ」


「気づいたかな? 幽霊が重力の影響を受けないのなら、地球の公転についていけないはずなんだ」


 円を消して、ビニール袋だけを残し、円は楕円の別の位置に描き直される。


 つまり、宇宙空間に取り残された幽霊の図か。


「そう、地球上で目撃された時点で、少なくとも重力が作用することは確定しているんだ」


「なるほど」


 素直に感心してしまった。

 だが、実際、この論理には説得力がある。


「これはまた、もう一つの結論をも導き出す」


 にぃ、と笑う霊子。


「な、なんだよ、もったいぶるなよ」


「キミは知っているはずだよ。幽ぱっくさ」


「え?」


「幽霊は重力で捕獲できるってことさ」


「ああ!!」


 アホみたいにまた普通に感心してしまう。


 そうか。


 地球上に居続けている以上、重力の影響下にあるのは間違いない。


 だから、重力を使えば拘束できる。

 ああ、理に適っている。


「どうだい? こうやって考えると恐怖心は消えてきたんじゃないかい?」


「確かに……」


 幽霊から超常性が剝がされるほど、怖さは消えていく。


 暗闇への恐怖は、そこから出て来るかもしれない何かへの恐怖だとすれば、その何かが明らかになるほど、それは解消されるのは道理だ。


「でも、重力制御なんて聞いたことがないけど、それ、とんでもない発明なんじゃないのか?」


「うん。発表すればノーベル賞はカタいね」


「おぉい!? 何サラっと言ってんだ!? 滅茶苦茶有用な発明ってことだろ!?」


「今のところプラス方向でしか重力を操れないから、用途はある程度限定されるけどね。マイナスの重力が操れるようになれば、人類は飛躍的に発展できるだろう。荷物の重力が無くなれば車両の燃費は極限までよくなるだろうし、ロケットも燃料による打ち上げも必要がなくなる。他にも使い方は山ほど考えられる。まぁ劇的に人類文明は発展するだろうね」


 何、午後の天気の話くらいのテンションで喋れるんだよ……?


 コイツ、俺が思っていた何倍も天才なんじゃないか……?

 マジかよ……。


「そんなのさっさと発表して特許とった方がいいだろ!」


「いずれ特許は取るつもりだよ。だけどこの段階で発表などしたら規制をかけられるのは目に見えているからね。満足するまではするつもりはないさ」


「富よりも名誉よりも、人類の発展よりも趣味優先かよ……」


「当然さ! 自分で使うために発明してるのだから!」


「才能がもったいねえよ!!」


 ドラえもんみたいなやつだとは思ってたが、超科学を自分のためだけに使う上にすぐ寝るとか、もはやのび太くんじゃねえか。


「まぁ人類は後から発展すればいいさ。それよりこれだ」


 奥から持ち出されてきたのは、見覚えのある四角い箱だった。

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