第7話 炸裂委員長

 金曜に旧矢車トンネルに行ってから、三日後の月曜日。


「おはよう! 気持ち、クマが薄くなったんじゃないかい? ボクに感謝するんだよ」


 朝の清涼な空気を三色団子が台無しにする、そんな通学路。


 布団着て登校するので、それをはためかせながら近寄って来ると、カイコの成虫みたいでもある。


「あのな……確かによく眠れはしたが、ひどい悪夢を見たぞ。それも三日連続だ」


「悪夢? 内容は覚えているかい?」


「ああ。暗がりから、生首が飛んで来る夢だ。恐怖で叫びながら目覚めたぞ……」


「おかしいね。生首なんか、首なしライダーと会った日に見る夢としては真逆だろう」


「あ」


 言われてみれば。


 脳が経験を整理しているのが夢なら、真逆なのは不自然だ。


 あまりに嫌すぎて思い返さないようにしていたので、こんな単純なことすら見落としていた。


 夢なんて論理的に見てるわけじゃないから、首が無いことから無意識に想像したものかもしれないが……。


「おそらく、そこにキミのトラウマの根源があるんじゃないかな」


「過去に、飛んで来る生首を見たってことか……?」


「……可能性はある。それで説明がつくから、有力な仮説だろうね」


「うーん……」


 ぼんやり頭に浮かんでくるものはあるが、TVの怪奇特番の映像な気がする。


 確実に自分の経験としてあったとは到底思えない。


 夢の生首も、茫漠としているというか、マネキンみたいで誰の顔かはわからないしな……。


 それに深く考えようとするほど頭が痛くなってくる。


 まるで思い出したくないような――と、後ろから肩を叩かれた。


「ん?」


「どうしたんです? 遅刻しますよ?」


 委員長だった。


 彼女の言う通りで、今日は悪夢こそ見たが久しぶりにちゃんと眠れたので、寝坊しかかったのだ。


「あれ? ってことは、委員長も遅れそうなのか?」


「珍しいね。ボクならいつもだが」


 いばるな布団娘。


「妹が墨汁でいたずらをして洋服ダンスを汚してしまったので、着替えに手間取りました」


「なるほど……」


 墨汁はニカワが入ってるから、汚したら取り返しがつかないと聞くしな……。


 よく見れば上着は制服のシャツじゃない。


「急遽、中学の制服を引っ張り出してきたのですが……」


 散切中学も散切高校もセーラー服だから、基本のデザインは同じだ。


 前をジッパーではなくボタンで留める珍しいタイプだが、中高で同じメーカー製なのでそれも共通している。


 主な相違点としては、高校のが襟が紺で、中学のが水色だ。


 細かくは校章の違いなどもあるが初見でわかるほどではない。


 私服通学もOKだから、中学の制服を着るのもアリ……なのか?


 まぁ、委員長は制服のイメージだから、私服よりそっちの方が似合うか。


「しかし、サイズが小さいんじゃないかい?」


「ええ、まあ……」


 霊子の言葉で気づいたが、確かにパツパツだ。


 数カ月前までそれを着て通っていたはずだが、そこは成長期。


 特に胸周りが苦しそうで目に毒だ。

 あまりに押さえつけられているから下着のラインまで出ちゃってるし。


「その、私服に着替えた方がいいんじゃないか?」


「いえ、今日一日はこれでなんとか」


 委員長がそう言った次の瞬間、胸のボタンがはじけ飛んだ。


 それは窮屈に押さえつけられていた桃的な塊を飛び出させる結果となった。

 4DX以上のド迫力。


 今日見る夢はたぶん生首じゃない。


「うわあっ!? だ、大丈夫か!?」


「流石にサイズが小さすぎましたか」


「何でそんな冷静なんだ!?」


 委員長はさほど驚いた様子もなく、外したスカーフで胸を隠す。


「あー、なんだ。ボクの布団使うかい?」


 なんとあの三色団子布団娘が、自分の布団を差し出した。


 それほどいたたまれない状況というのもある。


 飛び出した胸に気を取られた自転車のおっさんが側溝に落ちたくらいだ。恥ずかしそうに何事もなかったことを装って去って行くのが憐れみを誘う。


 だが、当の委員長本人は気にしている様子が無い。


「それではお借りします」


 そう言って布団を被った。


 てっきりそれで隠して帰るものだと思ったら、中でゴソゴソしはじめた。


「え? 何してんだ?」


 もぞもぞ布団に隠れて蠢く委員長。


 足だけ出ているので、わけのわからないゆるキャラのようだ。


「ふぅ」


 やがて、委員長が布団を振り上げると、中から体操服姿で現れた。


「生着替えしてたの!?」


「ええ。充分隠せましたから」


 道の真ん中で何を考えてるんだ……。


 三色団子のインパクトで隠れていただけで、委員長も滅茶苦茶変わり者なんじゃないか?


「合理的だね」


「でしょう」


 変わり者同士、通じ合うのか頷き合っている。


 まるで優勝旗のように返還される布団。


 なんだろうこれ。


 全身の力が抜けていく。


 結局、全員遅刻した。

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