第6話 幽ぱっく

 バイクに化けた幽霊ってことか……?

 そんな無茶苦茶な……。


「でもなんで首なしライダーの恰好なんか……」


「仮説はいくつか考えられる。バイクが本体なら、それに近い部分から生成されるので、一番遠い頭が最も生成度合いが低いだとかな。ぬふふ……ああ、脳が回転しているのがわかる! 生きてる実感がわくね!!」


「楽しそうなとこ悪いが、ここからどうするんだ……?」


 弱弱しく浮かぶ人型。

 だからと言って人間がどうこうできるようには見えない。


「だーかーら、幽ぱっくを使うんだよ。研究のため、捕獲するんだ」


「そうじゃなくて……あれは、人間なんだろ? それを捕まえるなんて、いいのか……?」


 与太話と思っている間は別に良かった。

 どうせ現れはしないだろうから、深く考えていなかった。


 だが、ああはっきり幽霊を見た今では違う。


「人間ではない」


「幽霊は人間じゃないと? 俺はそんなに割り切れない」


「人権の話ではないよ。幽霊とは、空間に焼き付いた残像のようなものだと思うといい。液晶焼けと同じだ。だからあれは本人ではないんだ」


「残像……」


「誰かの写真を破いても本人を傷つけたことにはならないだろう?」


 理屈はなんとなくわかった。


 だからって引き金が引けるかは――


「!」


 逡巡している間に、鬼火の中の人型が形を変え始めた。

 再び、バイクになろうとしている。


「まずいぞ! 水分子が凝縮すれば、体当たりに物理的破壊力が生まれる!」


 入口のフェンスを突き破ったみたいにか……!


「早くやるんだ!」


「しかし――」


「いいかい! 不可解を不可解のまま放置すれば、キミのように夜も不安で眠れない人間を生むことになるんだぞ! 全てを明らかにして、安眠したいとは思わないのかい!」


「くそっ……! 言われてやるのは癪だが――」


 クソ重い幽ぱっくを再び肩に担ぐ。


 首なしライダーではなく、もはやライダーなしバイクが突っ込んでくる。

 正直、人型でないほうが気は楽だ。


 猛突進してくるバイクを前に、妙に呑気なことを考えていた。不思議と頭痛や吐き気も消えている。


 バイクの前面に照準を合わせ、引き金を引く。


「南無三!!」


 咄嗟に出た言葉は、残像に対してなら似合わないものだった。


 一方、バズーカのような砲身からは何かが出ることは無く、代わりに凄まじい音が響き始めた。


 それは風が猛烈に吸い込まれることで生じた音。

 直撃してくるかと思われたバイクが、一瞬のうちに吸い込まれていく。


 突進していただけに避けることも抵抗することもできず、跡形もなく吸われてしまった。


「う、うおおお!?」


 吸引の激しい騒音はともかく、凄まじい吸引力に体が持って行かれそうになる。

 勢いが強すぎて、本体を制御できないのだ。


 全力でこれを支えるが、その体をも持って行こうとする吸引の勢いたるや。


 背面側の空気まで持って行きそうになるほどの掃除機があると想像してほしい。


 まるで近くに巨大なプロペラがあるかのような恐怖感だ。


 油断したら吸い込まれてぐちゃぐちゃになるんじゃ……!?


「どうやって止めるんだこれ!?」


 猛烈な音の中、遠くに離れてやがった三色団子に叫ぶ。


 音すら吸い込みかねない吸引だが、逆方向なぶん通じたらしく、手を振る布団の塊。


「発生させた極小ブラックホールはホーキング放射によって蒸発する!」


「原理の話はしてねえ! っていうかブラックホール!?」


 そんなもん、人工的に作れるのか!?


 一介の高校生が、どんな技術力してんだよ!?


「つまり止める方法はない! 蒸発するまで耐えるんだ!」


「ふざけんなああ!!」


「心配ない! すぐ消える!」


「その前に俺が――うおおおおおお!?」


 本当に、いきなり止まった。


 吸引が突然止まったために、後ろに体重をかけて踏ん張っていた俺は、真後ろにすっ転んだ。


 抱えていた幽ぱっくは、ちょうどジャーマンスープレックスの形でアスファルトに叩きつけられる。


「おおい! 何をしてるんだい!」


「馬鹿野郎! あんな急なの人間が対応できるか!!」


 ジャーマンの体勢で天地が逆さになった向こうに見える動く布団に向かって怒鳴るが、俺よりも幽ぱっくに向かって駆けてきた。


 ヘッドライトを付け直しているのでチョウチンアンコウのようでもある。


 その深海魚は、俺が起き上がるまでの間にゴソゴソと幽ぱっくを触る。すると、まるで普通のキャリーバッグのように大きく開いて、中から箱状のものが飛び出した。


「なんだそれ」


「これに幽霊を捕獲したのさ」


 その箱に、愛おしそうにほおずりする霊子。


「ほんとに残像が捕獲できるのかよ……」


「厳密には、焼き付きを起こした空間の粒子を捕獲したのさ。これを分析すれば、より幽霊のことがわかるはずだ」


「予想通りだったんじゃないのか?」


「ある程度は仮説の通りだ。だが全てじゃない。特に鬼火のメカニズムが全くわからない。ルシフェリンとルシフェラーゼの反応だとすると、それを生産しているはずだが、人体ですら生成できないものが焼き付きに出来るかというと疑問だ。いくら霧に近いとはいえ、チェレンコフ光で常時発光するレベルの放射線量なら、とうにボクたちは死んでいるはずだし……」


「おい、そんな物騒な可能性があったのか!?」


「0ではないが有り得ないだろうね。祟りの原因が放射線というのは仮説としては面白いが、幽霊がそのたびに放射線を撒いているなら、絶対に痕跡が残る。携帯しているガイガーカウンターにまるで反応はなかったのでね。それは安心していい」


「ガイガーカウンター? なんだそりゃ」


 必殺技か何かにしか聞こえないが、霊子は布団から電卓のようなものを取り出してきた。


「放射線測定器さ。最低限、危機管理はしてるんだよ」


「幽ぱっくに吸い込まれそうだったんだが」


「安心するんだ。一応安全装置はある。本体を爆破すると同時に、スピンをかけたブラックホールを宇宙に撃ち出す仕組みだ」


「それで何を安心するんだよ!! 倫理観のねえドラえもんかお前は!!」


「誰がタヌキだ!!」


「全部間違ってるんだよ!!」


 叫びすぎて息が切れてきた。


 ほんっとにコイツは――


「で、どうだい? もうあたりは真っ暗だ。怖いかな?」


「え?」


 言われて気づいたが、完全に陽は落ちている。


 お互いのヘッドライトで完全な闇ではないが、周囲はもう真っ暗だ。


 なのに。


「あれ……? 平気……かもしれない……」


 あれほど襲ってきた不安が、今はさほど感じない。


 あまり意識すると不安になりそうだから、どこかでセーブしている自分もいるが、それでもいま平気なのは確かだ。


「これではっきりしたね。キミは、暗闇が怖いんじゃない。そこから来る幽霊が怖いんだ」


「な……」


「いま、キミは幽霊を捕獲した。だから安心したんだ」


「そう……なのか?」


 幽霊が怖いと言われても、実感はまるでない。


 ホラー映画は好きじゃないが、それ系の漫画読むし、それこそ、『ゴーストバスターズ』だって問題なく観れた。


「やはり幼い頃に闇の中で幽霊を目撃したんだろう。そしてまた出て来ることを恐れた。だからこうして本当に出てきたら、むしろ安心する」


「……なんでもお見通しみたいな言い方だな」


「いいや! わからない! だから仮説を立てる! それが当たっていた時の快感は何物にも代えがたいよ!」


 満面の笑みが、ヘッドライトの明かりで照らされる。


「付き合い切れねえよ……」


「そういうわけにはいかない。なぜなら」


「助手だからってか? そんな勝手が――」


「いや、ボクはもう限界だ。寝る! だからタクシーまで頼むよ」


「はぁあああああああああああ!?」


「ぐぅ……」


「マジで寝やがった!!??」


 布団に体をあずけて一瞬で眠りに落ちる三色団子。

 ぐーすか寝ているその顔に、怒りが沸き上がりそうになるが、押し留める。


 なぜなら、俺にもわかっていたからだ。


 今日は俺も、安眠できるはずだ、と。


 十何年かぶりに、ぐっすりと。

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