第5話 幽霊の正体
「うわあああっ!?」
布団が数センチ跳ねるほど驚いた霊子が振り返る。
「本当に出た!?」
首なしライダーは黒いライダースジャケットを着て、真っ黒い750㏄(ナナハン)にまたがっていた。鬼火らしきものを纏い、ゆらめいている。
見ているだけで、吐き気がこみ上げてくる。頭がガンガンする。
それは根源的な恐怖なのか。わからない。頭が回らない。
本当は目を逸らしたいが、その方が怖い。
だから、怖くて仕方ない相手を、俺は凝視していた。
首なしライダーがいる空間は、トンネルに繋がる旧道の、ガードレールの外側。
崖というほどではないが、山林に繋がる斜面になっており、バイクどころか人間が立つことも出来ない。
その不可解な位置でハンドルをぐりぐりと回し、エンジンをふかしていた。
「よし!! 助手よ! 捕獲するんだ!!」
「何言ってんだ!?」
反射的に叫んでしまったことで、体の緊張が一気に解けた。
もう辺りがかなり暗くなってしまって脂汗は止まらないが、体は動く。
一方、首なしライダーは俺たちを囲むように周囲をぐるぐると回り始めた。
俺たちはまるで、逃げ場を奪われた狩りの獲物のようだ。
「ど、どうすんだ!?」
「心配ない! 首なしライダーの報告例が多数ある以上、生きて帰れることは証明されている!」
「な、なるほど!」
確かに言われてみればそうだ。
最後に語り部が死んで終わりの怪談は作り話とわかるのと同じで、お化けに遭遇しても生きて帰れたから語れるのも道理だ。
「まぁ、目撃した後に原因不明の熱病にかかって生死をさまよったなどという話もあるが」
「何が心配ないだ馬鹿野郎!」
その間にも首なしライダーは回転半径を縮めて行く。
そして、一気に突っ込んで来た。
「危ねえ!?」
咄嗟にクソ重いキャリーバッグを手放して飛びのいたが、バッグと俺の間を首なしライダーが通り抜けていく。
ぶつかったらどうなるんだ!?
幽霊だからすり抜ける!?
いや、フェンスは吹っ飛んでたか!?
どうする、どうすればいい!?
「何をしているんだ! そのバッグがなかったらボクたちはおしまいだぞ!」
「わけがわからねえよ!!」
命の危機を感じて、体が勝手に動いたが、いまだに心臓はバクバクだし汗も止まらない。
頭の中だってぐるぐるだ。
「そのバッグの取っ手を押し込むんだ!」
「はぁ?」
「いいから早く!」
「わ、わかったよ!」
再びキャリーバッグを掴み、その取っ手に両手を置いて一気に押し込む。
すると、バッグ本来の開き方ではなく側面が開き、前後から筒が出現し、内側から取っ手とスコープが飛び出してきた。
これではまるで、胴体の四角いバズーカだ。
「な、なんだこれ!?」
「幽霊捕獲装置、名付けて【幽ぱっく】だ!」
「ゆうぱっく!?」
「照準を合わせて引き金を引け!」
「バズーカじゃねえか!」
「まるで違うがいいからやるんだ!!」
やるんだって言われても、首なしライダーは再び猛スピードで旋回している。
一方、幽ぱっくとやらは異常な重さで、バズーカのように取り回すには不向きだ。
まるで大型の神輿でも担いでいるような重さが肩にのしかかる。
「くっ、重すぎだろ!」
「仕方ないだろう! ヒッグス粒子に干渉して重力で幽霊を捕獲するのだから!」
「意味がわからねえし、たぶん答えになってねえ!!」
そうこうしている間に、空中でターンしてきた首なしライダーが突っ込んでくる。
慌てて幽ぱっくを向けるが、その重さに照準が間に合わない。
まごつく俺に突っ込んでくる首なしライダー。
だが、動きが悪いのはあまりにも重い幽パックを抱えているからで、頭は妙に冷えていた。
霊子が布団にくるまって転がって逃げているのもはっきり見えている。
もう外はだいぶ暗くになってしまったが、鬼火のようなものに包まれているように見える首なしライダーの姿に、逆にどこかホッとすらしていた。
皮肉な話だ。お化けで安心するなんて。
だから、俺は妙に冷静に、ポケットから塩の塊を取り出していた。
幽ぱっくは肩に担いだままなので、無理な姿勢ではある。
だが、自分でも驚くほど自然に、前腕の力だけのアンダースローで塩玉を投げつけていた。
なにしろ俺に向かって突っ込んで来ているのだ。避けられるはずがない。
バイクのヘッドライトに当たった白い塩玉が弾け、空中で雪のように舞う。
それでも勢い止まらず、突っ込んでくる。
思わず身構えたが、意外にもさしたる衝撃はなく、強風が吹きつけたくらいのものだった。
「え?」
それどころか、バイクは先ほどのように華麗なターンが出来ず、よろよろと旋回していた。
「やはりそうだ。食塩は幽霊に効果がある」
布団の塊から、三色団子が飛び出した。ヘルメットは転がってるうちに落としたらしい。
「はぁ?」
そんな馬鹿な話があるか。
お清めの塩とはよく聞くが、だからって節分みたいにぶつけるなんて話は聞かない。
「トンネルに入った時に高い湿度を感じただろう? 幽霊はその体を構成するのに、水分子を使用している可能性が高い。結露に近い状態だとすれば、塩に水分を奪われて形態を維持できなくなると考えられる」
「そんな、なめくじじゃねえんだから……」
「人間のように皮膚というバリアがないという意味なら、正しい例えだね。だから塩に水分を奪われてしまうんだ」
腕組みする布団の塊だが、ちっとも納得がいかない。
「それじゃ何か? 人類は長い間、そんな湿気の塊にビビってたってことか?」
「そうだよ? だから怖がる必要なんてないんだよ。言っただろう? キミにメリットがあるってね」
「無茶苦茶だ……」
そうつぶやいたが、どこか自分でも、納得できている部分があった。
その証拠に、この暗さでも恐怖はかなり抑えられている。
「恐怖とは未知から生じる。解き明かしてしまえば怖くもなんともないんだ。あのバイクをよく見るんだ」
「え?」
三色団子が指し示した先には、バイクにまたがる人型部分が消えていく様子が見えた。
「……おかしくないか?」
「ふむ、何がだい?」
「俺が塩をぶつけたのはバイクの方だ。なのに、何で人間の方が消えていくんだ?」
「んふふふ。それもボクの仮説で説明がつく。前にも言ったが、そもそも、バイクの幽霊なんているはずがない。霊とは生き物の死後の姿なのだろう? 古人は付喪神といって物が化ける伝承を残したが、しかしもしモノに霊があるのなら、ごみ処理場ほど出るはすだ。しかし、そんな報告例は一度も目にしたことがない」
「そりゃまぁ……」
「霊というものが人体に備わっている機能ならば、服すら纏っているのがおかしいのだ」
魂が服を着ているというのは、言われてみればおかしな話だ。
一方で、全裸の幽霊というのも滅多に聞かない。
「しかし実際、着衣の姿で現れるというなら、なにかカラクリがあるはず。だからこそ、塩化ナトリウムで人型が消えた」
どういう意味か聞き返そうとしたが、それはすぐに明らかになった。
周囲を照らす鬼火がほろほろと崩れ、どんどんバイクの形を保てなくなっていく。
やがて、それはうっすら発光する人型の何かになった。
目や口などはよくわからないが、概ね人体だと言える形だった。
「人間……?」
「そうだ。人体から発生するものに衣服があるはずがない。ましてやバイクなどあるはずがない。ならば答えは簡単だ。人体が変化しているのだ」
「なる……ほど……?」
「つまり、擬態だ。バイクも首なしライダーも、一人の霊の擬態にすぎないのだ。だから頭部を欠き、思考が出来ないということもない。完璧な理論だ!!」
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