孤独の箱庭

第1話孤独の少年

僕は一人。

家族も、友達も、親族も、全部全部全部いなくなった。

誰も僕を見つけてくれない

愛してくれない

酷い。


「まだそんなこと言っているのか。」


ああ、うるさいな。「僕」。黙ってろ。

僕はお前が嫌いだ。

僕の気持ちなんて何にもわかんないくせに。

嫌い、嫌い、嫌い、酷い。

周りの人間が

幸せそうなあいつらが

僕が


嫌い。




僕って





誰だ?



















視界がまぶしい。おかしい、昨日カーテンは閉めたはずなのに。

そんなことを考えながら、重たい体をゆっくりと起こした。何時ものような、半開きのカーテンから光が差し込む、藍色の部屋が広がっている。

ああ、本当に何時も通りだ。

ボーっとしていると、首に力が入らなくなってきて、重い頭がガクンと落ち、自分の体を見た。

肌は死人のように白く、やせ細っている。そしてところどころに腐ったイチジクのような、紫色になったあざが見える。目に入ってくる髪の毛は、寝ぐせでいろんな方向に曲がっており、触ってみるとざらざらしていて気持ち悪い。キューティクルとはよく言ったものだ。

ああ、本当にみすぼらしい。廃人とか、未亡人とかいうのはこういうものなんだろうか。

ただただ下を向いていると、身体に力が入らなくなってきて、もう一度ベットに倒れこんだ。

気が付いた時には視界は真っ暗だった。
















あれからどのくらい寝たんだろうか。目を覚ますと、もう夜になっていた。時計の針は11時35分を指している。そもそも、妻女に起きたのがいつだったかわからないので、見当もつかない。

……と、突然ものすごい空腹が襲ってきた。ああ、めんどくさい。これだから嫌なんだ、腹が減るのは。

何もしなくても、ただただ、腹が減る。その度毎度毎度何かを食べなければいけない。本当にめんどくさい。

僕はこの乾きを抑えるために、ベットから立ち上がりリビングへ向かった。

重い足取りで、壁に伝いながら何か食べれるものはないかと探す。

味とかはどうでもいい、今はこの欲を抑えられればいい。

ゆっくりと前に進んでいくと、埃が被った棚の上に真新しい栄養補給ゼリーが見えた。そういえば、最近近くのコンビニでゼリーを買った記憶がある。

僕は衝動的にゼリーをつかみ取り、蓋を捨ててゼリーを身体の中に流し込んだ。

……少しずつ、少しずつ乾きが収まってくる感じが……する。

ゼリーを補給し終わると、そのまま後ろにあった薄汚いカバーが敗れたソファーに倒れるように座り込んだ。あたりを見渡すと、薄汚く、みすぼらしい部屋が広がっている。ソファーの横には、いつから使っていないかわからないランドセルと帽子、棚の横には、供え物が腐って虫がたかっている仏壇が見える。その中には、懐かしい、笑顔で笑っているあの人の写真。

「ああ、線香を、あげなきゃ…」

身体と口が勝手に動く。僕の体はソファーから立ち上がって、仏壇へ向かった。そしてその前で立ち止まり、マッチを滑らせ「ジュッ」という音とともにマッチの火をつけた。赤い、暖かい光がぼんやりと浮かんでいる。僕はそのまま火をろうそくに移して線香に火をつけ、手を合わせた。

なぜ、こうしているのか分からない。身体に任せて、ただ、手を合わせる。

何を祈るのか、何を思い浮かべればいいのか。あの人か、それともあの人たちか。それとも…、今の現状か。

しばらく目を閉じた後、急に外の空気を感じたくなった。フラフラと重い足取りで歩き、体重をかけて固く重い窓を開けた。冷たい風と共に、少し早咲きの桜の花びらが部屋の中に入ってくる。青黒くくすんだ僕の目に、白い月が映った。

月はいいな。と思う。だって自分で輝かなくても、太陽が照らしてくれる。自分だけで輝き続ける必要は全くないのだ。そして、何よりも美しい。

そんな月に比べて僕は、自分で輝けない。周りにも照らしてもらえない。なにも美しいといえるところがない。経験も、自慢できるような思いでも、僕には何一つ存在しないのだ。見苦しい生活を送っている、ただの孤独な一人の廃人だ。

何だか、これ以上考えたら頭がおかしくなりそうだ。僕は空を見上げた。今はただ、耐えるだけだ。周りから何か言われても。馬鹿にされても。

その時、懐かしいコーヒーの香りとともに、窓の外に気配を感じた。

大好きだった、そして俺を置いて行った…、あの人だ。

「………、あ…。」

気が付いたら、窓辺に足をかけ、何もない空中に手を伸ばしていた。




















目が覚めた。今日もいつものような日々を過ごさなきゃいけないと思うと吐き気がする。今日はカーテンが全開で、いつも薄暗い部屋が明るくなっている。

…そういえば、昨日カーテンを閉めた記憶がない。というか、この部屋に来た記憶もない。覚えているのは…、そうだな、昨日の月がやけにきれいだったことぐらいだ。

何だか今日は身体がいつものように重くなく、すんなりとベットから起き上がって、リビングに向かった。

昨日閉めなかったのか、桜が見える窓が開け放たれたままだ。…雨でも降ったんだろうか、窓の真下に大きな水たまりができていた。

今はちょうど、桜が満開の時期だ。風で散った花びらが部屋の中に入ってきていて、床が薄いピンク色になっている。まるで桜の絨毯みたいだ。

…そういえば、今は食べれるものがない。昨日はゼリーがあったが、一つしかなかったから買い出しが必要だろう。…いつものコンビニ行くか。

何だか、久しぶりに外に出る気がする。小銭しか入っていない財布をもって、靴を履いてドアを開ける。この行動を身体が完全に覚えてはいない。頭で考えなければならないのだ。普通の人は、ドアを開けるときに笑って「いってきます」と、誰かに向かって言う。だが、それが誰かは分からない。家族かもしれないし、友達かもしれない。それか、恋人か。まあ誰にせよ、「家の中にいる大切な人」という事実には変わりないだろう。

でも、僕には何も言うことがない。「いってきます」も、「おはよう」も、「おやすみ」も。大切な人がいないから。この家にいるのは僕一人だから。僕の声にこたえてくれる人は、誰一人存在しないのだから。

虚しい。ただ、虚しい。

だが、それでいい。一人で、たった一人で誰にも何も言われず、馬鹿にされず、罵られず、

大切な人を失うこと無く、生きていけるのなら。

僕の部屋がある団地は少し古く、薄汚い。だが小さい子供や学生の声でにぎやかな場所だ。そしてゴミ捨て場の近くにはいつもごみの分別にうるさいおばあさんがいる。

いつもひいきにしているコンビニに行くにはゴミ捨て場の前を通らないといけないため、少し怖い。

だが今日は誰もいなかった。いつもおばあさんに叱られてる大学生の人も、ゴミ捨て場の裏でゲームをしている小学生も、ふざけながら学校に向かう学生もいない。

今日はなんだか静かな日だ。

そのままゆっくりと階段を下りて、コンビニへ向かった。あのコンビニには、いつも元気に挨拶するバイトのお兄さんがいる。突然大きな声で「いらっしゃいませ」というので毎回びっくりする。

だが、今日はいなかった。入店音が虚しく鳴り響くだけ…、本当に静かだ。

まるで店の中に、自分以外存在しないみたいだった。肉まんやおでんもレジ横の棚に並んでおらず、おにぎりやサンドイッチもところどころ無い。…この時間帯に売り切れ?そんなことありえるのだろうか。…いや、ちがう。昨日の在庫のままなんだ。

ということは、店員が誰もいない?それどころじゃない、この時間帯ににぎわっているはずのコンビニに誰もいないんだ。本当に静かで怖くなってくる。

なんだ、何が起きている?こんなことありえない。

そういえば、今日はおかしいことがたくさんあった。いつもそこにいるはずの人たちが、誰もいない…というか、ここに来るまでに自分以外の人間を見たか?

僕は急に怖くなって外に出て、あたりを見渡した。すると、信じられないような情景が目に入ってきた。

…なんで今まで気づかなかったんだろう、コンビニの前には大通りがあり、車が通る音がうるさいのに…、何も音がしない、というか車も何も通っていない。辺りは静寂に包まれていた。


「なんだよ、これ…。」

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