四 犬の正体

 その後、すぐに救急車が来てBは病院に搬送され、軽傷を負っていた俺達も後をついて行って治療を受けた。


 結論から言うと、腕と脚を骨折して頭も十数針縫うという大怪我だったものの、幸いBの命に別状はなかった。


 意識も翌日には取り戻し、無事とはいかないまでも、そうして身体の方はまだマシだったのだが……それよりも問題なのは彼の心の方だった。


 数日後、怪我の方が落ち着いたというので、俺とAとCの三人で見舞いに行ったのだが……。


「……あいつがくる……あいつが犬になって追いかけてくる……」


 包帯ぐるぐる巻きでベッドに寝かされたBは、焦点の定まらない眼で虚空を見つめたまま、そんなことを譫言のようにずっと呟いている。


 俺達が話しかけてもまるで耳に入っていないかの如くである。


 付き添っていたBの母親の話では、目が覚めてからというもの、ずっとこんな感じなのだという。


 それでもこの時はまだ、昨夜の出来事がよっぽどショックだったんだろうな…と、俺達は単純に考えていたのであるが……。


 それからまたしばらく時が経ち、退院したBの怪我も完治しようとしていた頃。


 Bは突然、地元警察署に出頭した。

 

 俺達も本人や関係者からではなく、それをニュースで知ることとなったのであるが、じつはあのゴミ捨て場でホームレスを殺した犯人は、Bとその中学時代からの悪い仲間達だったのだ。


 どうやらあの場所でゴミ漁りをしていたホームレスを偶然見かけ、遊び半分に集団暴行を加えていたところ、あまりにやり過ぎて死に至らしめてしまったらしい……。


 それを知って、俺達は驚くという感情以上に、むしろBの不可解な言動についていたく納得がいく思いだった。


 あの事件現場であるゴミ捨て場を見に行こうと言った時、いつになく乗り気でなかったのはそういうことだったのだ。


 では、なぜあのオッサン顔の犬を見て、Bはあんなにも怯えていたのだろうか?


 退院後もずっと、「あいつが犬になってくる…」と譫言のようにBは繰り返し、あんな感じのまま、何かをひどく恐れて家に閉じこもっていたらしい……。


 また、聞くところによると、共犯の仲間達もBと同じようにバイクで事故り、やはり何かに怯えて気が触れたような状態になっていたのだそうだ……。


 ここからは根拠のないただの考察にすぎないのだが、もしかしてあの犬は、B達の殺害したホームレスの霊が取り憑いたものだったのではないだろうか?


 そして、自分を殺した犯人に復讐すべく、ああしてB達の前に姿を現すと、その恐怖と自責の念から自首するまでに精神を蝕んでいったのでは……。


 それ以降、もう二度と目撃することはなかったが、俺達を走り抜いていったあの犬は、いったいどこへ行ってしまったのだろうか?


 あの犬と同一の個体なのか? それともまったくの別物なのかは知らないが、もしかしたら俺達は、世にいう〝人面犬〟のオリジナルを直に目にした人間なのかもしれない……。


 後年の告白により、〝人面犬〟は意図して作られたブームだったとか、社会学的実験のために故意に流されたウワサだったとかいう話もある……だが、こうした体験をした俺達としては、そんな架空の存在だとはどうしても思えないのである。


               (人面犬 了)

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人面犬 平中なごん @HiranakaNagon

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