ニ ゴミ捨て場にいた犬
あれは、1988年。俺がまだ高校一年の頃だった……。
若気の至りとでもいおうか、あの頃の俺は不良…とまではいかないが、夜中に友人達とバイクで出かけたり、ちょくちょく授業をサボってゲーセンに行ってたりと、少々ヤンチャな学生生活をエンジョイしていた。
そんなある日の夕方のこと。いつもの如く悪友のA、B、Cと一緒に繁華街をブラブラしていた俺は、「おもしろい所がある…」というAの言葉に、ちょっとそこへ行ってみることとなった。
柴田が言い出したその場所は、一週間ほど前にホームレスの遺体が見つかったという裏通りのゴミ捨て場だった……。
遺体には殴打された痕が複数あり、仲間内のトラブルなのか? あるいは行きずりの犯行なのか? いつもゴミ漁りをしていたそのゴミ捨て場で、集団暴行を受けて殺害されたらしいことだけは確からしい。
一種の怖いもの見たさというやつで、ただの興味本意にそんな殺人事件の現場を見物しに行こう…というのがAの提案である。
「いいねえ。行ってみよう」
「本物の殺人現場なんて、なかなか見れるもんじゃないからな」
多感な好奇心を刺激するそのアイデアに、俺もCも二言なくそれに賛成する。
「くだらねえ。んなの別に大したことねえよ」
だが、Bだけは違っていた……。
いつになくノリ悪く、不貞腐れたようにBがそういうのは意外だった。
中途半端な俺達とは違って、Bは本物の不良というか、完全にバッドボーイだったからだ。
高校に入ってからは少し丸くなり、俺達みたいなのともつるむようになったのだが、中学の頃から素行が荒く、ケンカや万引は日常茶飯事、暴走族の真似事のようなこともすると、今でも時々、その頃の悪い仲間達とよくない遊びをしているらしい…というもっぱらのウワサだ。
そんなBが、たかだか殺人現場を見るだけで
「なんだB、おまえらしくもねえな。もしかしてビビってんのかよ?」
普段は見せないその反応に、興味をそそられたAが冗談混じりにそう煽ってみせるが。
「はぁ? 誰がビビってんだコラっ! 舐めたことぬかすと殺すぞコラぁ!」
いつもなら冗談と理解して返すBが、なぜか本気で怒ってAをどやしあげる。
「……あ、いや、すまん……冗談だよ……」
あまりの剣幕に、Aはすっかり面食らうと唖然とした表情でBに謝る。
「……ま、まあ、あれだ……ほんとにビビってねえし……仕方ねえ。付き合ってやるよ……」
すると、俺とCも呆然と固まって見守る中、ふと我に返ったかのようにBはそう言って、今度は自分から進んでその路地裏のある方向へと歩き始めた。
「……い、行こうぜ?」
「あ、ああ……」
なんだかおかしなBの態度に、そんなにビビってると思われるのが嫌だったのか? と、その時は単純にそう考えて、俺達もその後を追った。
そうして変な空気になりながらも、俺達はその殺人事件現場へと進んでゆく……そこら辺は普通によく通りかかるエリアだったので、地図がなくてもなんとなく位置はわかる。
「お、ここだ。ほんとにテープ張ってあんじゃん!」
夕焼けに染まる大通りをしばらく歩き、薄暗い脇道に逸れて
また、そもそもがあまり人のこない路地裏な上に、そんな事件があったものだからよりいっそう人が寄りつかないようになったらしく、その路地自体に俺達以外の人影はなく、繁華街の中だというのに妙にしんと静まり返っている。
「マジにここで殺されたんだな……」
「俺、殺人事件現場なんて初めて見たぜ」
薄気味の悪い夕闇の中、そんな事件現場のリアルな雰囲気に触れると、先程までの重たい空気も一気に吹き飛び、俺達は無邪気にそのテンションを上げる。
「…………」
だが、やはりBだけは違っていた。
チラっと彼の方を見ると、なんだか浮かない顔をして、俺達よりも一歩退いた位置で現場の方も見ようともしていない。
いったい、どうしたというのだろうか?
「あ、犬がいるぞ!」
と、俺がBの様子を気にかけていると、Cが不意に声をあげる。
見れば、確かにゴミ捨て場には一匹の犬がいた。
「珍しいな。野良犬か?」
当時でもすでに見かけることはほとんどなくなっていたが、どうやらそいつは野良犬らしく、小汚い茶色をした雑種犬で、いろいろ粗大ゴミの置かれたゴミ箱周りをガサゴソと忙しなく漁っている。
「ワン! ワン! おーい! 何やってんだ〜?」
珍しい野良犬に、意外と動物好きだったCは顔を綻ばせて声をかける。
だが、犬はゴミ漁りに夢中らしく、俺達が近くにいてもまったく気にかけることなく完全に無視だ。
「なんだ? 食いもん探してんのか〜?」
「今は事件で封鎖されてるから、食えそうな生ゴミは出てないぞ〜」
なおも背を向けてゴミ漁りを続けている野良犬に、Cにつられた俺とAも話しかけみるのだったが。
「うるせえ……」
不意にこちらを振り返ったその犬は、そう人間の言葉を口にしたのだ。
俺達は全員、ポカン顔で固まってしまう……しかし、それは犬が喋ったからという理由だけではない。
なんとその犬は、オッサンの顔をしていたのだ……身体は普通に薄汚れた雑種犬なのに、顔の部分だけがひしゃげたオッサンの顔をしているのである!
「ほっといてくれ……」
そして、固まる俺達に今度はそう言うと、さっと駆け出してどこかへ行ってしまう。
「……お、おい! 今の見たか?」
「あ、ああ……オッサンの顔だったよな?」
「な、なんなんだよ、あれ!?」
あまりの出来事に呆然と立ち尽くした後、我に返った俺達は興奮気味に声をあげる。
「…………」
そして、Bの方にも視線を向けてみると、またしても彼だけは奇妙な反応を示していた。
完全に血の気の失せた真っ青い顔をして、驚いているというよりも恐怖に慄いているというような表情である。
「おい、B? 大丈夫か?」
尋常じゃないその様子に、どうにも心配になって俺は声をかける。
「……見間違いだ……こんなこと……こんなことあるわけねえ……」
だが、その問いには答えず、震える瞳でゴミ捨て場の方を見つめたまま、Bは譫言のようにそう呟いている。
「……お、俺、もう帰るわ……じゃ、じゃあな……」
そして、力無い声でそう告げると、一人でそそくさと立ち去って行ってしまった。
オッサンの顔をした人語を喋る犬にももちろん驚きだが、らしくないBの態度にもまた俺達は困惑させられる。
「なんだあいつ? さっきから様子変だったけど、じつはオバケとか苦手だったのか?」
「ここ来るの嫌そうだったし、もしかして、霊感あるとか?」
「じゃ、じゃあ、今のあの犬、霊が化けたものとかそういうのってこと?」
人面の犬と、おかしなBの態度という不可解な二つの出来事に、それらを強引に繋ぎ合わせて俺達はそんな解釈を下す。
「だとしたら、見ちゃった俺達も取り憑かれたり、呪われたりするなんてことも……」
「そうか! だからB、さっさと帰っちまったのか!」
「ならヤベェじゃん! こんなとこ、俺達も早く離れよう!」
そして、今さらながらにもじわじわと恐怖心が湧いて来ると、俺達も足早にその場を離れ、この日はそのまま、解散して帰ることとなった──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます