第4話 悪霊退治

 翌日、翔太はサラマンダーとともに学校へ行ってみた。日は高くなって、すでに登校時間は過ぎている。


 翔太が教室に入っても、誰もなにも言わなかった。顔を向けることすらしない。誰一人として気づくものはなかった。


 翔太はホッとすると同時に愉快な心持ちがした。


 彼はそのまま授業を受けてみた。休み時間も、誰一人として自分たちを気にしない。


 家にも行ってみた。身体能力が跳ね上がっているから、移動も楽々だった。母はいつもどおりだった。近所の人々と駄弁っている。


 自分がいなくても元通りの日常で、寂しいような安堵するような不思議な気分だった。


 神社に戻ると、神さまがこう言ってきた。


「ちょっと悪霊退治に行かないか?」


「いきなりですか?」


 昨日の今日で……と思いはしたが、好奇心にかられて翔太は悪霊退治に行ってみた。駅前の路地裏だった。あまり人の通らない薄暗い道。


 こんなところにいるのかと思ったが、半透明の霊がいた。人型だったが顔も体型も曖昧で、男か女かすら判然としない。


 霊は翔太たちを見つけると、真正面から襲いかかってくる。


 サラマンダーの炎が霊を焼く。


「悪霊ってこんな感じなんですか?」


「まぁ弱っちい雑霊、怨念の集合体だからな。本来なら退魔師が出張るような相手じゃないが、練習相手にはちょうどいいだろ?」


 翔太は、言われたとおり悪霊と戦ってみた。刀を振るって斬る。サラマンダーのように炎で焼く。


 自分でもびっくりするくらい、思いどおりに動けた。


「思った以上に才能あるな」


 神さまもびっくりしている様子だった。


「これならもう一段上、行ってみるか」


 今度は学校へ来た。翔太の通っている小学校だ。すでに日が暮れていて、生徒は誰もいない。教師でさえ。


 神さまは鍵のかかった扉をあっさり開けて、校内に入る。


 教室から、すうっと霊が現れた。今度は、顔も体つきもはっきりしている。半透明だったが、若い男だ。


 スーツを着ていて、翔太たちを見かけると、怒り形相で咆哮を上げながら飛びかかってくる。


 神さまが軽く弾いた。若い男の霊は廊下の向こうまで吹っ飛ぶ。


「斬れるか?」


 神さまが問いかけた。


「今度は怨念の集合体じゃない。れっきとした人の霊だ。相手は生前――つまり、元は生きてる人間だった」


「えっと――たぶん、できると思います」


 翔太は言った。


 ふたたび突進してくる若い男にむけて、翔太は臆することなく刃を振るう――男の怒りが伝染したように、翔太も怒りにかられて刀を振り下ろす。


 神さまに「霊能力を得たら復讐でもするか?」と問われたとき、翔太は報復を拒否した。


 だが、本当のところ――叩きつぶしてやりたい気持ちがひと欠片もなかったわけではない。


 やはり、腹は立っていた。


 ただ、自分が不要な人間だと、場違いな場所に生きる自分がそれをするのは筋違いだと思ったから自重しただけで……思うさまぶっ飛ばしていいなら、叩き斬ってやりたかったし、黒焦げにしてやりたかった。


〔ああ、スカッとしてしまう――〕


 敵を倒して脱力するが、悪い気分ではなかった。むしろ、今まで一番清々しい気持ちになっている。


「思った以上に天才少年だな」


 神さまが褒めてくれるのが、ただただうれしかった――褒められた経験がなかったから。


 それからも、翔太はサラマンダーと一緒に悪霊を斬って焼いて、倒し続けた。悪霊はやられると雲散霧消するように消える。


 死体が残ればもっと嫌悪感をいだくかもしれないが、実際はなにも残らないので翔太は躊躇なく悪霊退治ができた。


 ときには大怪我もして、片腕をふっ飛ばされたこともある。


 だが、それでも翔太の戦意は揺るがない。逆に、なんとしてもこいつを殺さなければ! と気合が入る。


 とはいえ、さすがに片腕になったのはショックだった。だが、神さまはあっさり腕を元通りに治療してのける。


〔治せるんだ……〕


 驚きつつ、翔太は霊力による止血や回復術などを指南してもらう。


 そうやって稽古をつけてもらいながら、悪霊退治をする毎日だった。お金も手に入った。退魔師協会から戦果に応じて報酬が出る仕組みらしい。


 サラマンダーとも仲良くなった。


「ショータさんショータさん、おおきくなったら、わたしをおよめさんにするんですよ。精霊術師は、契約精霊と結婚するのがならわしですから」


「嘘を言うな嘘を。確かに精霊術師の男は契約精霊と結ばれることが多いが」


 神さまが苦笑いでたしなめた。


「でも、ショータさんには家族が必要だとおもいます!」


 手を上げて答えるサラマンダーに、翔太は浮かない顔をした。


「家族っていいものなのか、僕にはわからない……必要なのかな?」


 彼にとって、家族とは母と母の親族を指した。


 母の兄や姉や両親……そこに自分はいない。自分が入っていることをうまく想像できない。


 無理やり入れると、場違いな子供が迷い込んだような構図になってしまう。


「じゃあハーレムパーティを作りましょう! マンガでそういうの楽しそうに読んでたじゃないですか。もちろん正妻はわたしですけど」


「『仲のよさ』って意味ではああいうの憧れるけど、承諾する人いるかな? というかサラマンダーは嫌じゃないんだ?」


「すぐれた退魔師の男性なら、そうめずらしい話でもないはずですよ。男性がすくないのですから」


「え? そうなんですか?」


 驚いてたずねると、


「事実ではある。霊感持ってる男も少なめだし、霊能力に関しては男より女のほうが強い場合が多い。いやまぁだからってハーレム許容の女ばっかりじゃないがな」


 と、神さまは苦笑いで答える。


「契約精霊は女性になるせいか、あとで揉めるケースも多いから翔太も気をつけろよ?」


「気をつけろって言われましても……」


 翔太は困惑した。


「とにかく、ショータさんには心をゆるせる存在がもっと必要だとおもいます! 家族がピンとこないなら仲間です仲間!」


「そこは同感だけどな」


 言ってから神さまは、思案するような目を翔太に向けた。


「本格的に退魔師として活動するなら、そろそろ考えておいたほうがいいな。母親との向き合い方」


「向き合い方?」


「難しく考える必要はない。つまりは――退魔師としての自分を家族に見せるのか隠すのか、だ。今のところは隠している。ずっとこのままか? それとも――」


「隠す方向で」


「即答だな」


 神さまは笑った。


「でも一度、話してみてもいいんじゃないか? 認識阻害の術は翔太もすでに使えるだろう? ダメであっても揉めることはない」

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