第3話 ぐっすり眠れた

 神さまは境内に立派な平屋の家を建ててくれた、霊力を使って一瞬で。


 立派な家具も揃っていて、それどころかゲームやマンガまでいくつもあった。


「あの、これ……お金」


 翔太は恐縮した。すると神さまは笑った。


「別に気にしなくていいぞ、これくらい」


「境内に家を建てちゃってよかったんですか?」


「廃神社だし、いいんじゃないか? いっそ翔太とサラマンダーのやしろにするのもありだぞ」


「え? ここって神さまの神社なんじゃ……」


「俺は神さまじゃないって言ったろ?」


 と、神さまは苦笑い。


「ここは誰のものでもない。廃棄された神社だ。だから別にいいんだよ」


 それから神さまは、翔太に稽古をつけてくれた。本物の刀を持たせて、素振りの仕方を教える。


 霊力の扱い方も指南してくれた。もっとも基礎的な肉体を強化する方法に始まって、サラマンダーのように霊力を炎に変換して操る術。


 翔太はよくわからないまま修練をこなし、自分でも驚くほどうまく操ってみせた。


 才能がある、という神さまの言葉が思い出された。


 なにより体の調子がずっとよかった。いつも悩まされてきた腹痛も、今のところ起きていない。


「霊力が覚醒したことで、体そのものが頑強になってるからな。ストレスから解放されつつあるのも一因かもしれないが」


 そろそろ飯にするか、と言って神さまが家の中に入った。


 冷蔵庫は空っぽだったからどうするのかと思ったら、神さまは台所に備えつけられた大釜に手を入れた。


 そして――今の翔太には見えた、神さまの霊力が食物に変換されるのを。


 分厚いステーキ肉を取り出すと、フライパンで焼き始めた。いい匂いがする。


「ところでオサメハジメノミコト」


 サラマンダーは神さまをそう呼んだ。


 実際――神さまのまとう霊力はあまりにも力強くて、輝かしくて……とても人間が放つものとは思えなかった。


「その呼び方やめろって。なんだ?」


「ごはんもパンもないようですが」


 あ……と神さまは気まずそうな顔をする。


「それにサラダやスープなどはないのですか?」


「面倒っていうか、あんまり料理得意じゃないから俺」


「では、つぎからはわたしがつくります」


 サラマンダーはジト目で神さまを見るのだった。


 お昼はそのままステーキだけで食べて、夜はサラマンダーが米も炊き、サラダや野菜スープなども作った。


「悪いなー。俺もごちそうになっちまって」


 神さまはサラマンダーの料理に舌鼓を打つと帰っていった。


 そうして家には、サラマンダーと翔太だけが残された。ふたりはマンガやゲームなどを一緒にプレイして時間をつぶし、やがて入浴して歯を磨き、ベッドで眠る。


 サラマンダーは翔太と一緒の寝床に入った。夜、眠ろうと思うが、相変わらずうまく寝つけない。


「ねむれないのですか、ショータさん」


「うん、昔からこうなんだ……朝が、きっと嫌いだから」


「学校にいかなきゃなりませんものね」


 サラマンダーはいたずらっぽく笑って、翔太の頭を撫でた。


 すでに、翔太は自分のことを打ち明けていた。サラマンダーに訊かれて、するすると――自分でも不思議なくらい、神さまに言ったのと同じくらいスムーズに話ができたのだ。


「では、なにかお話しませんか?」


 なにを話そう? 翔太の頭を、ふと幼い頃の記憶がよぎった。


 夜中だった。何時かはわからない。ただ、ふと起きると布団に両親がいなかった。暗いリビングで、ふたりともイスに座っていた。


 どうしたの? と訊いたように思う、記憶は曖昧だが。


 母親が布団に戻るように言って、翔太はそのまま眠りについた。


「今ならわかるよ、あれ……きっと別れ話だったんだろうね」


「ショータさん」


 と、サラマンダーは翔太にぎゅっと抱きついた。


「それから、ねむれなくなったのですか?」


「違うよ。覚えてないけど、たぶん違う……」


 安心感がなかったのかもしれない――と翔太はつぶやいた。小さなサラマンダーのぬくもりが、ほんのり伝わってくる。不思議なくらい、翔太は眠気に誘われた。


 ぐっすり眠れた。

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