第2話 サラマンダーとの契約
神さまによると、翔太には才能があるらしい。内包する霊力が多いとか、認識阻害のかかった神社を普通に訪れているとか、色々と理由を言ってくれた。
ただ、にわかには信じがたかった。
翔太は、自分が優秀でないことを知っている。勉強でもスポーツでも、翔太は抜きん出た成績を出せていない。平凡どころか劣等だとさえ感じていた。
「疑うならやってみればいい。俺のばあちゃんは適性を読むのがうまいから、とりあえず会いに行ってみよう」
神さまの声音は明るい。翔太の逡巡など、文字どおり笑い飛ばすような勢いだ。翔太は迷ったものの、結局は神さまについて行くことにした。
〔神さまが言うんだから……〕
希望を、持ってもいいのだろうか? 自分はちゃんと、なにかしらの才能がある人間なのだと、そう信じてもいいのだろうか?
内心の苦悩を吹き飛ばすように、神さまは道々、どうしてあんなところにいたのかと訊いてくる。
「すみません、その……僕、どこにいたらいいのか、わからなくて……ぼ、僕――」
違う。そんなことまで訊かれてない――そう思ったが、翔太は自然と家にも学校にも居場所がないことを、自分のつらさを神さまに打ち明けてしまった。気がゆるんでしまったのだろうか。
神さまは静かに聞いていた。
「翔太は霊能力を身につけたらどうしたい?」
神さまは、手のひらにバチバチと電撃を発生させてみせた。
「自分を苦しめた連中に復讐でもするか?」
翔太は首を横に振った。
「じゃ、どうしたい?」
「わかりません、でも……」
その言葉は、自分にとっても思いがけず口をついて出たものだった。
「消えてしまったほうが、いいって……。僕がいないほうが、きっとみんな幸せになれるんだって思って……」
「ネガティブだな」
神さまは苦笑した。
「浮世ではどうか知らないが、こっちじゃ翔太の力は有用だ。退魔師は少ないからな」
神さまはそう言うと、翔太を抱っこした。
「あ、あの……!」
戸惑い、そして恥ずかしさがあふれた。でも神さまは優しく微笑むだけで――不思議と、悪い気はしなかった。そのまま、神さまはするすると駄菓子屋まで翔太を連れて行ってくれた。
白髪まじりのおばあさんがいて、翔太をイスに座らせるとあっさりと適性を占ってくれた。
「精霊術師だね。火と相性がいい」
「じゃ、サラマンダーと契約してみるか」
どうよ? と神さまは訊く。
「ど、どうよって訊かれましても……」
「ああ、それもそうか。じゃ、まぁ――とりあえず契約しちまおう、実際に」
神さまはもう一度翔太を抱き上げると、駄菓子屋から出て一気に跳躍した。
「やってみりゃわかるさ!」
何十メートルも飛び上がって――いっこうに落ちない。途中で翔太は、自分が神さまにかかえられて空を飛んでいることに気づいた。
町を通り過ぎて、森や山の彼方へむかって神さまは飛ぶ。ものすごい速度で飛行しているのに、不思議な安心感が翔太を包んでいた。
やがて神さまは山奥の岩場に降り立った。白い煙があちこちに立って、ずいぶんと暑い場所だった。神さまは翔太の肩に手を置くと、
「ちょっとびっくりするかもだぞ?」
と言って、なにかをそそいだ。
体の内側を熱いものがめぐっていく。全身の血液が沸騰したみたいで、翔太は少し気持ち悪くなった。なにかが自分の中から外へ出たがっているのに、うまく放出できない嫌な感じ。
だが、固く閉じられた蛇口の栓が開くように、あるとき急に飛び出てきた。それが霊力と呼ばれるものだと気づいたのは、翔太が覚醒したあとのことだった。
覚醒と同時に、翔太の目に赤い光が飛び込んでくる。さっきまでなにもなかったはずなのに、突然見えるようになったのだ。
「無事に霊力が扱えるようになったな」
神さまは笑った。
そして、神さまはしばらく待った。翔太も、わからないながらも黙って待っていた。すると赤い光が一つ、ふよふよと翔太のところへ寄ってくる。なんとなく手のひらで受け止めると、光は形をなして変化した。
三十センチくらいの、赤髪赤目の女の子だった。マスコットみたいな、二頭身にデフォルメされたミニキャラの姿で、翔太にむけて優雅に一礼する。
「はじめまして。まだ名前はもてませんから、ひとまずサラマンダーとよんでください」
「まだ……って? あ、僕は赤崎翔太です」
「精霊はマスター・クラスになって、はじめて名前をもてるのです、ショータさん」
わたしはまだサーヴァント・クラスですから、とサラマンダーは微笑む。
「ショータさんがつよくなったら、わたしもつよくなります。そしたら、ショータさんと同じくらいの背恰好に成長しますよ!」
プレジデント・クラスまで行けば、おとなのレディです! とサラマンダーは明るい笑顔を浮かべた。
よくわからないが、翔太が強くなることはこの子にとっていいことであるらしい。
「無事に契約できたな」
神さまが笑って、それじゃ帰るか、と翔太をまた抱き上げる。翔太はサラマンダーを抱きかかえて、また元いた神社に帰ってきた。
「とりあえずどうする?」
神さまが訊いた。
「話を聞くに、家にはあまり帰りたくないんだろう? まぁサラマンダーの姿は一般人には見えないが」
境内は相変わらず暖かかった。
「ここに――」
そう答えかけてから、母親が心配して――心配? して一応は探しに来るな、と翔太は思った。子供が家に帰らなくても気にしないが、さすがに一日いないとなると騒ぎになるだろう。
翔太の母は騒ぎを嫌う。「世間体が」とよく口にした。
「じゃ、認識阻害するか」
神さまの言葉に、サラマンダーが元気よく手を上げた。
「わたしもつかえますよ!」
なにそれ? と訊くと、文字どおり他人の意識をそらす術で、いないはずの人物をいると思い込ませたり、逆にいるはずの人物をいないと思い込ませたりできるらしい。
「とりあえず俺が使っておくよ。ついでに学校のほうにもかけておくか?」
神さまの問いに、翔太は少しばかり悩んだ。だが、最終的にお願いしますと頼んだ。
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