第21話 田中と桑名
オレたちは桑名とトラブルがあった人間を探そうとした。
その中で、田中拓海という心理学科の学生が浮かび上がった。
しかし、犯人候補だと思った田中拓海は、すでに死んでいたのだった。
オレは、黒磯ゼミの学生の目を見た。
「詳しく聞かせてくれませんか?」
オレが言うと黒磯ゼミの学生は嫌そうな顔をした。
しかし、柊が前へと歩み出る。
柊は彼女特有の温かい笑顔で黒磯ゼミの学生に声をかけた。
「すみません、ちょっと聞いてもらえますか? 私たち、心理学の授業で田中さんのことを聞いて、とっても興味を持ったんです。彼の研究についてもっと知りたくて」
学生は柊の無邪気さに少し警戒を緩め、彼女の話に耳を傾け始めた。
「田中さんの研究って、本当に革新的だったって聞いていて、私たちも何かヒントを得られたらと思って。彼のことを知っている人に会いたいと思っていたんです」
柊の声は柔らかく、誠実さが滲み出ていた。
彼女の瞳は真剣そのもので、相手の心を掴むのに十分のようだった。
「特に彼が最後にどんな状況にあったのか、私たちにとっては重要な情報なんです。彼の研究について、何か知っていることがあれば教えていただけませんか?」
オレはその横で、柊の努力を内心で感謝しながら、彼女の話に耳を傾けていた。
学生は少し考えた後、渋々ながらも話し始めた。
「まあ、僕もゼミで聞いたくらいなんだけどさ……」
黒磯ゼミの学生は、やや躊躇しながら言葉を選び、田中の研究について話し始めた。
「田中さんの研究は、心理学の分野でかなり革新的だったんだよ。彼はChatAIを用いて、人の感情や行動に深く影響を与える方法を開発していたんだ。具体的には、ChatAIを通じて個人の感情状態を解析し、それに基づいてカスタマイズされたカウンセリングを提供するシステムを考案していたんだよ。教授もほめていたので、良い出来だったんだと思うよ」
オレはChatAIを用いたというところに興味を持ち、尋ねてみた。
「もう少し詳しくわかりますか?」
学生は説明を続ける。
「例えば、人がストレスや不安を感じているとき、ChatAIを使ってその人の言葉遣いや感情のパターンを分析させ、個別に最適化されたアドバイスやリラクゼーション技法を提供するんだよ。田中さんは、このシステムが人々の精神健康に大きな影響を与えると確信している様子だった」
「それは、すごいことなんですか?」
柊が尋ねた。
「ああ。高い精度で使うことができるようになれば、素晴らしい技術だと思うよ。だけど、問題が起こったんだよね」
「……問題?」
「はい。同じゼミの他の学生ともめちゃってさ……」
「もめごとですか。それは、どのようなものかお伺いしても?」
「実は、桑名という学生が多少近い研究をしていたんだよ」
予想していたとはいえ、桑名の名前が出てオレは息を飲んだ。
「桑名さんの研究も、感情の自己調節に重点を置いていました。彼は、人が自分の感情を理解し、より効果的にコントロールする手法を開発していたんだ。この点で、田中さんの研究と重なる部分があったわけだ。ただし、桑名さんのアプローチは、ChatAIよりも、自己洞察に基づいていたんだよね」
オレは顎に手を当てた。
「つまり、両者の研究の目的は似ているが、アプローチが異なっていたわけですか」
学生は頷きながら答えます。
「それが問題だったんだよねぇ」
「問題、というと?」
「実は、田中さんは、桑名さんが自分のアイデアを盗んだ言い始めたんだ」
「……アイデアの盗用ですか」
「彼らの研究内容が類似していたからね。田中さんの研究はChatAIを基にしていたけど、桑名さんの研究はもっと直接的な自己洞察と心理分析に基づいていた。それでも、田中さんは彼の基本的なアイデアが盗まれたと感じていたようだな」
オレは少し眉をひそめた。
「それで、両者の間でどんなトラブルがあったんですか?」
学生はしばらく沈黙した後、言葉を選ぶようにして答えた。
「田中さんは桑名さんを非難し、彼の研究をみんなの前で非難したんだ。でも、桑名さんはそんな田中さんの言葉を全く気にしていないようで、自分の研究に没頭していた。そのため、二人の間の溝というか、対立というか、そういったものは深まっていくだけだったんだ」
「なるほど」
「みんな、桑名さんが大人でよかった――と思ってたんだけどね。桑名さんの様子がどんどんおかしくなっていったんだよ。もう、周りがみんな敵! みたいな感じで。そのせいで、ゼミでも孤立しちゃってさ」
つまり、桑名が言う『彼ら』というのは、黒磯ゼミの人間たちということだろうか?
「孤立って、その、桑名さんを、ゼミのみんなで何かしたとか……」
ついオレはそう言ってしまった。
すると、学生は慌てた様子でいう。
「とんでもない! みんな心配はしてたんだよ。ただ声をかけるだけでも、暴言をはく桑名さんは、やはり浮いてはいたけどさ……」
「そう、ですか」
「とにかくその、桑名さんがそれで」
学生は言いにくそうに声を潜める。
「自殺してしまったんだよね」
柊が「まあ」と自分の口を抑えた。
オレは桑名が自殺したという言葉を聞いて、胃に石でも入ったかのような気持ちになった。
「それで、田中さんが……その」
学生はきょろきょろと周りを見て人がいないことを確認していった。
「『正義は勝つんだ。やはりオレは特別だったんだ』と喜んじゃって、かなり洒落にならない空気に……」
学生はそんなことを言い始める。
しかし、そこから彼の死にどうつながるんだ?
オレはそう思った。
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あとがき
ここは読み飛ばしてくださって結構です。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
カクヨムコンというコンテストに出させていただいております。
よろしければ、★やフォローでの応援をよろしくお願いいたします。
この作品はフィクションであり、実在の人物・団体などには何の関係もありません。
なお作中で行われている行為は現実で行うと犯罪として処罰されるものがあります。
絶対に真似しないでください。
もちぱん太朗。
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